起源は19世紀 指紋認証の歴史を振り返る

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更新日:2013/12/4

 iPhone 5s発売後、すぐに話題となった指紋認証センサー「Touch ID」。発売直後にドイツのハッキンググループが、ガラス面に残った指紋から“疑似指紋”を作って解除に成功するなど、さまざまな意味で話題になった。

 指紋の照合は、いまやよく知られた本人確認の手段。たとえば、警察による犯人の指紋採取など、刑事ドラマではおなじみの場面だ。近年では、多くの銀行がATMに指紋認証システムを導入。誰しもが持つオンリーワンのデータは、数字4ケタの暗証番号よりも、よっぽど正確なものだろう。

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 では、この“指紋”はいつ、どうやって一個人の証として発見されたのだろう? 『指紋論 心霊主義から生体認証まで』(橋本一径/青土社)によれば、指紋研究が押し進められたのは1800年代。フランスのパリ警視庁における犯罪記録管理の現場でだった。

 もともと、パリ警察は容疑者が過去に罪を犯しているかどうか判別するのに、ずっと苦しめられていた。かつては受刑者の体に焼印を入れることもあったし、名前と写真を組み合わせてデータベース化したこともあった。

 しかし、データベースといってもコンピュータなどない時代だ。膨大な数の写真を分類するのに「Bで始まる名前は4万以上あり、そのうちBAで始まるのは1万以上あり、そのうちの約1000は同姓同名であった」という名前に、有効性はほぼみられなかった。そもそも、容疑者が名前を偽ることもできるのだ。

 解決の一助となったのが、1882年に事実上の導入となった「人体測定法」である。これは、身長、頭回り、中指の長さ、足の大きさなどの組み合わせで写真を分類したもの。1883年に累犯者の割り出しにつながって評価され、1888年にはパリ警察でのマニュアルがアメリカでも導入されたという。

 さて、指紋である。研究自体は1870年代から行われていたものの、指紋に注目が集まったのは、「人体測定法」に対抗する「指紋法」が提唱された1890年代。人の体と違い、指紋が不変性をもったものであることが決め手となった。

 もちろん、当時は「人体測定法」に代わり写真の照合を補助する存在でしかなかったが、その後、科学的進歩とともに指紋は飛躍的な広まりを見せていく。何より各国が「指紋法」を採用したのは、逮捕された容疑者の犯罪歴だけでなく、犯行現場で容疑者を割り出す手助けになる点だった。

 ちなみに、指紋研究の影の立て役者には、東京の築地病院(現・聖路加国際病院)で外科医をしていたスコットランド人、ヘンリー・フォールズがいる。フォールズはかのエドワード・モースと親しく、大森貝塚などから発掘された土器にあった指の跡をヒントとして、指紋研究に着手。研究結果をチャールズ・ダーウィンに送ったり、1880年11月に「犯罪者の科学的な身元確認につながるかもしれない」と指摘した論文が、雑誌『ネイチャー』に掲載されたりしている。

 本書は、「指紋法」をめぐる人間模様や1880年代後半に同時多発的に起こった指紋研究、指紋を取り上げたミステリなどにも触れているが、それはまた別の話。ともあれ、人の指先に歴史あり、なのである。

文=有馬ゆえ