野球のボールを光速で投げたらどうなるか? 科学的思考のススメ

科学

更新日:2016/3/14

 ヤフー知恵袋には1億2千万以上の質問が投稿され、2億数千万以上の回答が寄せられているという。実に、日本の国民1人が1つの質問をし、2回以上答えている計算だ。重複した質問もあるし、知恵袋よりは深夜ラジオの「クソ袋」に投稿したほうがいいようなものも少なくない。よくもまあ思いつくものだと呆れるが、くだらない質問をしたいのは日本人だけではない。

ホワット・イフ?』(ランドール・マンロー:著、吉田三知世:訳/早川書房)には、世界中の悩める子羊たちからの質問が記されている。

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 答えてくれるのは、インターネットコミック作家のランドール・マンロー氏。アメリカはペンシルベニア州生まれのマンロー氏は、大学で物理学を学んだ後、NASAラングレー・リサーチ・センターでロボット開発に従事したという経歴を持つ、バリバリの理系マンガ家だ。

 そんなマンロー氏は、ウェブサイト「WHAT IF?」に投稿されてくる「変てこで、しばしば厄介な質問」に、科学の目をもって答えた。すると大反響を呼び、氏のHPは「全米ナンバー1の科学サイト」となった。本書は「WHAT IF?」で取り上げた質問の中から、氏のお気に入りを集めた一冊だ。世界中で100万部を突破した分厚い問答集のなかから、面白回答を紹介しよう。

僕は世界経済を揺るがすことができるか?

【質問】もしも僕のプリンターで本当にお金が印刷できたら、世界を揺るがすことができるでしょうか?

 アメリカのレター・サイズ(日本のA4くらい)1枚には、100ドル紙幣が4枚置ける。プリンターが高画質両面印刷を1分間に1枚印刷できたと仮定すると、毎分400ドル×1年=52万5600分=約2億ドル(1ドル=120円で計算すると240億円)。

「あなたがすごいお金持ちになるには十分だが、世界経済に何らかの影響を及ぼすには至らない」とマンロー氏は言う。これだけなら単なる計算だ。だが、ここに「100ドル紙幣の寿命」という科学味が加わる。

 現在流通している100ドル紙幣は78億枚、100ドル紙幣の寿命は約90カ月、毎年10億枚が製造されている状況で、「あなたが毎年200万枚の紙幣を印刷したとしても、ほとんど誰も気づかないだろう」とマンロー氏は結ぶ。

僕は大気圏突入せずに体を温められるか?

【質問】宇宙船が大気圏に再突入する時に熱くなるのと同じ理屈で、僕の肌を温めるには、どのくらい速く自転車を漕げばいいですか?

 まず、マンロー氏は「大気圏に再突入する宇宙船が熱くなる」理屈を説明する。宇宙船は空気の摩擦ではなく、「目の前にある空気を圧縮するから」熱くなるという。

 目の前の空気の温度を、氷点から摂氏20度(ほどよい暖かさ)まで上昇させるには、秒速200mで自転車を漕がなくてはならない。海抜ゼロの高さにて、人力で動く最速の乗り物はリカンベント自転車で、その上限がほぼ秒速40m。空気抵抗は速度の2乗に比例して増加するので、「秒速200mで自転車を漕ぐのは、最低でも秒速40mで漕ぐのと比べて少なくとも25倍以上の出力が必要になる」という。だが…最後にマンロー氏は、そのスピードを達成する必要はないと言う。「体がそれだけ働いていれば、中核体温は数秒のうちに命が危うくなるほど上昇してしまうだろうから」と。

僕は光速魔球を投げられるのか?

【質問】光速の90%の速さで投げられた野球のボールを打とうとしたら、どんなことが起こりますか?

 マンロー氏の答えは「いろいろなことが起こる」だ。亜光速の状態では、ボール以外のすべてが事実上静止している。空気の分子さえも止まった状態では、空気力学の考え方が使えない。本来なら、空気はボールを避けるようにボールの周りを流れるが、亜光速のボールを避ける時間がない。すると、ボールは分子に激突し、分子はボールの表面の分子と核融合する。ピッチャーマウンドを中心にガンマ線や核融合生成物の破片が広がり、空気中の分子の原子核から電子を奪い、空気分子を破壊。球場内の空気は高温のプラズマと化し、膨張する。ボロボロになり高速で飛散した破片がさらなる核融合を引き起こしながら、70ナノ秒後、ボールはホームベースに到着する。1ナノ秒は1/10億秒だ。

 その時点でバッターにはピッチャーがボールから手を離すところすら見えておらず、ボールもあらかたなくなっている。そして、1マイクロ(1/100万)秒後―大爆発が起こり、「球場の1.5km以内のすべては潰え去り、周辺の市街地全体が猛火に包まれる」。

 ちなみに「MLB規則6.08(b)によれば、この状況では、バッターは死球を受けたと判断され、1塁に進むことができるはずだ」と、マンロー氏は真面目に茶化して、この質問を終わる。

 他にも「太陽の光が突然消えたらどうなる?」「どのくらい上空から肉を落としたらステーキになる?」「人類総がかりでレーザーポインターで照らしたら月は明るくなる?」など、数々の珍問難問に爆笑必至だ。

 だが、笑って読み飛ばすだけではもったいない。マンロー氏の回答を見ていて感じるのは「筋書き」だ。くだらない質問に「くだらないね」と言うのではなく、「面白い結論」を想定し、逆算して「前提条件」をつけるのだ。偽造紙幣を作るのにプリンター1台1分400ドルなのはなぜか? なぜ空気摩擦ではなく空気圧縮なのか? なぜ質問は「打つこと」なのに「投球」の話になるのか? 本書の一番の見どころは、物事を発想するための「視点」と「切り口」、面白い話の飛躍のさせ方といった「マンロー氏の思考プロセス」なのだ。物事を考えたり説明したりする上で、何を伝えたいのか? そのためにどういった手順が必要になるのか? 普段の生活や仕事、勉強などで、人に何かを説明するときに困っている人には、ぜひ読んで学んでいただきたい。ちょっとしたユーモアのあるオチも忘れずに。

 というわけで、マンロー氏にはぜひ「私と仕事、どっちが大事なの?」という、世界で最も愚かな質問に答えていただきたい。

文=水陶マコト