幸せの形も、結婚の形もいっぱいあっていい―岩井志麻子さんインタビュー【後編】

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

 作家・岩井志麻子さんの新著『「魔性の女」に美女はいない』(岩井志麻子/小学館)は、人間の「性」を抉り出すホラーノンフィクションであり、恋愛や結婚生活がうまくい かないと悩んでいる人必読の一冊。「結婚に愛はむしろ邪魔、逆に堅実な結婚を望んだ方が案外とうまくいく」というインタビュー【前編】に引き続き、フルスロットルで語り倒す岩井さん。逆説に満ちた本書だからこそ辿り着けた、男女の真理に迫ります!

お前の子どもを産んで結婚するけど、告訴もしてやる!

 本書には様々な恐ろしい「魔性の女」が登場する。「すごく話も気持ちも体も合う女ができた」と言う芸術家のお坊ちゃまの相手の魔性の女は、冷静な周囲からするとバリバリの整形顔で虚言癖のある女。ところが勘違いしているお坊ちゃまは耳を貸さず、結果女が妊娠。どうしても産むと言って聞かなくなってしまう。

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 「子どもを産みさえすれば結婚も金もすべて手に入ると思ってるんですね。それで2人で泊まったホテルで喧嘩になって、イス投げたり、リモコンで男の頭をガンガン叩いて、男がちょっと押したら警察に電話して『コイツは妊婦を暴行する男だ!』ってギャーギャー。こんな女と結婚できませんよねぇ。しかもこの女、男に対して『お前を暴行で告訴する。でも子どもは産んで、お前と結婚する』と息巻くんです。普通は結婚したいなら告訴を取り下げる、告訴を取り下げないんだったら結婚しない、ですよね。でもこの女は全部欲しい。なんで私が妥協して引っ込めなきゃいけないの、と自分の中ではスジの通った話なんです(笑)。すったもんだの挙句、結局認知して別れて、一人で子どもを産んだそうなんですが、この男がちょっとでもマスコミに出たりすると『妊婦に暴行するような男に仕事をさせるな!』と抗議の電話をしているそうです。かと思うと『もっと養育費よこせ!』と言ったり、一日でも支払いが遅れたら矢のような催促が弁護士から来るそうです…これも彼女の中では整合性が取れてるんですよね。ホント、こんな女と結婚しなくてよかったね、って思いますわ(笑)」

 また結婚して手に入れたことを手放したくない、と頑張って最終的に事件になってしまったエピソードも。

 「医師夫人の座をゲットして子どもを2人産んだバツイチの女が、浮気者で家にお金を入れない夫と険悪になり、子育てのためにお金がないからランパブでバイトをして、別れるなら莫大な慰謝料と養育費を渡せと言ったら、逆上した夫に子どもとともに殺されてしまう事件なんですが、結婚して医師夫人になったことに対する女の執念、執着が凄いんですよね。別れないため、お互いに顔を合わせると喧嘩になるからなるべく時間をズラして一緒にいなかったというんですよ。じゃあなんで結婚してるんだ、と普通なら思いますよね。離婚してたらお互いにこんなことにならなかったハズじゃないかって。でも執念、執着がそうさせないんです。こうやって結婚を続けたがために、不幸になる人もいるんですよ」

結婚と離婚をしたからこそ感じたこと

 なぜ結婚でつまずいてしまうケースが出てくるのか? それについて岩井さんは「価値観をひとつにすることが不幸」と言う。

 「初婚同士で死ぬまで絶対に別れない、結婚に失敗しちゃいかん、と決めつけるからいけないんですよ。私は幸せの形も、結婚の形もいっぱいあっていいと思います。だって何が正しい、何が間違ってるっていうのは、時代によっても国によっても変わるんですから。例えば私の旦那と愛人の国である韓国って、男の人はいい大学を出て、いい会社に入って、お金たくさん稼いで、若い美人を娶って、そっくりな子を産ませて、同じように育て上げる、っていうのから外れると負けなんですよ。どれかひとつ欠けてもダメ。そりゃ生きるのツラかろう、と思いますよ。韓国の芸能人だって大学に行ってて、ボランティアして、品行方正でなきゃいけない。その価値観以外は認めてもらえないんです。だから夫もいるけど愛人もいるみたいな私が、もし韓国のテレビに出たら抗議の電話が殺到すると言われます。そう考えると日本は緩いですよ、ゴールデンタイムに私がテレビに出られるんですから!(笑) 日本はそこまで価値観はひとつではないし、なんとか挽回する方法もある。それから熟女とか美魔女とかってもてはやされるのは日本くらい。他のアジアの国では単なるオバサン扱いですからねぇ。ホント、いい国ですわー」

 本書には敢えて結婚という形を取らず、事実婚やパートナーという選択をした人たちも(もちろんトンデモない勘違いをしている人も)いる。なんだか結婚って大変…と思ってしまいそうだが、「結婚は楽しい」と岩井さんは強調する。

 「自分自身は結婚してよかったなと思ってるんです。でも何が何でも結婚すべきと言うつもりはないですよ。人それぞれですからね。でもそう言えるようになったのも、結婚と離婚をしたからなんですよ。昔は自分の意見以外は受け付けん、という頑なだった時期もありましたけど、世間にはいろんな人がいるんだ、そしていろんな幸せの形があって、結婚したくない人はしなければいいと思えるようになったのは、私が2度も結婚したからです(笑)。私の死んだ爺さんが「人生に“もしも”はない」とよく言ってたんですよ。今が100%であって、現実はこれしかない、って。ホントそう思いますわ。でももしも、もしもですよ、私が今も岡山で平穏な良妻賢母をやっていたら、内面は不幸だったかもしれない。それこそ『私には才能があって作家になれたかもしれないのに』って一日中パソコンの前に座って悪口を書き込んでるんじゃないかと思うんですよ(笑)。私の場合、絵に描いたような幸せな結婚をしていなかったからこそ作家になれたし、こうやって本が出せて、楽しくやってられるんですよ」

 取材では「実はこの人のモデルはあの人で…」というぶっちゃけ話も飛び出し、「あんな立派な人でもいろいろあるんだなぁ」と感慨深いものがあった(絶対に書いてはいけない、と岩井さんに釘を刺されたので自粛)。そして、自分の価値観から外れた相手を許せないと思って追い詰めてしまうこと、また逆に「相手のために」と自分で自分を追い詰めないことが「失敗してしまった人」から得られた、結婚生活で絶対にやってはいけないことだと岩井さんは言う 。

 「やっぱり逃げ道って大事なんですよね。自分にとっても相手にとっても。逃げ道は必ずオノレにも、そして相手にも確保してあげてほしいですわ。相手を袋小路に追い詰めたら『窮鼠猫を噛む』で、逆ギレされて何があるかわからないですよ。だからせめて一ヵ所逃げるところを用意してあげようよ、そしてあなたも逃げるところ確保しておこうよ、と。ホント、追い詰めたら絶対イカンですよ!」

取材・文=成田全(ナリタタモツ)