“イヤミス”女王最新作、地方特有の閉鎖空間で起こる女3人の泥沼心理戦を描く

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

今年の流行語大賞に「フレネミー」がノミネートされた。フレンド+エネミーで「友を装う敵」の意。言葉自体は数年前から浸透しはじめたというが、友だちのふりをして裏で悪口を言ったり、相手の失敗を願ったりと、とかく嫉妬や悪口が横行しやすい女の世界においては昔からよくいるタイプでもある。考えてみれば、こうした言葉が今さら流行語になるとは、この言葉が示すような関係性に敏感になる人が増えたということだろうか。

湊かなえの最新心理ミステリー『ユートピア』(集英社)を読んでいて、この「フレネミー」が頭に浮かんだ。直接フレネミーに悩まされる話ではないが、女同士の関係に「敵」か「味方」かの値踏みが常に横たわるという現実は、いまどきのリアルといえるだろう。

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物語の舞台は太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町。町には昔からの地元住民、大手食品加工会社ハッスイの工場の従業員とその家族、最近移住してきた芸術家たちが異なるコミュニティで暮らしている。ある時、地元の仏具店を切り盛りする菜々子は、芸術家たちが発案した商店街の祭りの役員を引き受けることになり、ハッスイ社員の妻で主婦たちの趣味の店を運営する光稀、陶芸家のすみれと知り合う。最初こそ属するコミュニティの違いに警戒感もあったが、たまたま菜々子の娘と光稀の娘が小学校の親友であることが判明。菜々子の娘・美香は幼稚園時代の交通事故によって車いす生活を送っており、3人は、久美香を広告塔にした車いす利用者支援ブランド「クララの翼」を共に立ち上げることになり、さらに距離は近づいていく。

ブランドは東京の雑誌でも紹介され大成功。だが、マスコミの注目を浴びるにつれ、少しずつ互いのプライドがぶつかりあい、次第に3人の関係性に暗雲が立ちこめる。折しも「実は久美香は歩けるのではないか?」という噂がネット上で流れ、「クララの翼」に対する誹謗中傷が激しさを増し、それぞれの金銭感覚や家の事情の違い、隠していた本音や自己実現欲があらわに。そんな中、菜々子の娘・久美香と光稀の娘・彩也子が行方不明になり、彼女たちの関係だけでなく町の未来に関わる重大な事件がおき――。

あらぬ噂がまわりやすく、また聞きたくもないのにそれが耳に入ってきてしまう地方特有の狭いコミュニティ。そこを舞台に繰り広げられる女たちのドロドロの心理戦は、そのリアリティにこちらの胸まで息苦しくなる。さらに渦中で起きる失踪事件が追い打ちをかけ、過去の殺人事件ともクロスオーバーしたスリリングな展開にひやりとさせられる。
とはいえ、極悪人が登場したり凶悪犯罪がおきたりするわけではなく、むしろ物語の大半はいたって普通な田舎の人間模様。なのに、ぞわぞわするイヤな感じが満載なのは、さすがイヤミスの女王・湊かなえ。期待を裏切らない。

たとえば善意の集まりのはずが不審感の温床だったり、善意のつもりの忠告にダメージをくらったり、あるいは善意を偽善と誤解されてイヤな目にあったり、あからさまな「悪意」より無自覚な「善意」のほうが始末の悪いことがある。本書のキャッチコピーに「善意は、悪意より恐ろしい」とあるが、実はそのあたりの事情を克明に描いているのも、この物語の興味深いところだ。

もしかすると、一般に「善意」=「正しいこと」という解釈が当たり前になりすぎていて、善意には些細な違和感など封じ込んでしまう「押し付けがましさ」があることに多くの人は、無自覚なのかもしれない。時折、ネット上で「正義」を振りかざして誰かを吊るし上げたりする姿を見かけるが、どちらにも共通するのは「絶対的に正しい」という思い込みの暴走だ。しかも普通の人の間で身近に起きやすいのがミソで、すでにそうした暴力性を敏感に感じ取っている人も少なくないのでは? おそらく作中の女たちが、傍目には仲良さそうにしていながら、相手に対して常に用心深く、敵か味方かに自覚的な緊張関係にあることに既視感を覚える人も多いことだろう。

派手な争いはなくとも、日常の延長にある恐怖こそボディーブローのように効いてくる。「これ、わかる〜」「うわっ! やっぱりそう来たか」…そんな声をもらしながら楽しむのもアリ。女たちの行方を、ある種のケーススタディとして客観的に追っていくのも、この本ならではの醍醐味といえそうだ。

文=荒井理恵

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