救世主は「ハナシカ」!? 落語が世界を変えるファンタジー『異世界落語』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『異世界落語』(朱雀新吾:著、深山フギン:イラスト、柳家喬太郎:落語監修/主婦の友社)

異世界に飛ばされるのは軍人や料理人、ニートだけではない。ヒーロー文庫(主婦の友社)から発売される『異世界落語』では、なんと噺家が異世界に召喚されてしまうのだ。

本書は異世界と落語をテーマにした異色のライトノベルで、著者は朱雀新吾、イラストは深山フギンが手がけている。さらに、「今もっともチケットが取れない落語家」と言われる落語家・柳家喬太郎が監修を務め、落語協会も全面協力。本格的な落語が味わえる異世界ファンタジーが誕生した。

舞台となるのは、今や魔族の手に落ちかけている世界・ターミナル。多くの国が魔族に侵攻され、残されたのは光の民の血を引くと言われているサイトピア国のみ。絶望的状況を打破すべく、サイトピア国王の命令によって宮廷視聴者のダマヤと若き召喚師のクランエが救世主を召喚するのだが……召喚されたのは楽々亭一福(らくらくてい・いっぷく)という「ハナシカ」だった!

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一福はサイトピア国の役に立ちたいと考えつつも、基本的には「笑い」だけを純粋に追求するストイックな噺家だ。異世界の人々に笑ってもらうため、落語を異世界ふうにアレンジすることばかりを考えている。そんな人間がいったいどのように世界を救うのか。まず最初にそんな疑問が浮かぶが、実は一福だけが世界を救う主人公なのではない。一福を取り巻くサイトピア国の人々もまた主人公なのだ。

サイトピア国は、エルフとドワーフという難民同士の対立があったり、スパイへの情報漏洩問題があったりと、内憂外患が絶えない状態だ。一福はそんな問題を知ってか知らずか、ずば抜けた観察眼でサイトピアの文化を落語に落とし込んでいく。エルフとドワーフの対立であれば、エルフの文化もドワーフの文化も一様に笑いへと昇華し、お互いを知り、自分を知る契機を与えるのだ。世界を落語に変え、落語が世界を変える。一福はその橋渡しをしていくキャラクターなのである。

落語を知っていても知らなくても、誰もが本書を楽しめるのは、あくまでもサイトピア国の人々に視点が置かれているからだろう。たとえば「時そば」をモチーフにした「クロノ・チンチローネ」(チンチローネはサイトピア国の麺のこと)では、そばをすするシーンやお勘定を騙そうとするシーンがこの噺の見どころであると、客の反応を通じて示されていく。一方で落語に精通している人ならば、一福の元いた世界に詳しいダマヤと同様に、どうアレンジしているのかを読み解くという楽しみ方もできる。嬉しいことに、章の間には一福自身による解説コラムもあるので、とりあえずは予備知識ゼロで大丈夫だ。

本書には「時そば」のほか、「青菜」や「子ほめ」などをアレンジした全5席が用意されている。しかし、ただ異世界の人物や文化を噺に当てはめていくだけではない。そばをチンチローネに変えていくような手法だけでは、サイトピア国の人間にとっても、読者にとっても目新しさがなくなっていく。目が肥えていく客やアレンジの難しさに直面する一福が、いかに壁を乗り越えていくかという部分も大きな見どころだ。

落語のように小気味よくサゲ(オチ)に向かっていく物語を楽しみながら、一福の落語が活写する異世界の生活、人々の息づかいを感じてほしい。

文=岩倉大輔