知られざる被災地のドラマ。風俗嬢から見た3.11後の光景

社会

更新日:2020/9/1

『震災風俗嬢』(小野一光/太田出版)

 風俗に足を運ぶ男性の動機はさまざまである。もちろん、その大半は性欲処理ではあるのだが、中には想像もつかないような傷を紛らわせるために、人肌を求めている男性もいる。

震災風俗嬢』(小野一光/太田出版)は、東日本大震災の直後から現在にかけて、被災地の風俗店で働く女の子(本書では一貫して風俗嬢のことをそう呼ぶ)を追ったルポルタージュである。かねてから風俗嬢の取材に定評があった作者だけにその切り口は深く、むきだしの人間の姿を浮き彫りにしていく。読む人は「性」という新たな着眼点から、被災地の癒えない痛みと、それでもなお前に進もうとする人間の意志に胸を打たれることだろう。

 本書を読み進めてまず驚かされたのは、震災後、営業を再開した風俗店の迅速さだ。本書で取材された風俗店は早いところで震災の1週間後、その他の店も1カ月以内には営業を再開しているところが多い。著者自身もそこに興味を持って取材を開始したのも頷ける。その多くの店が店舗型ではないホテルヘルスやデリバリーヘルスだったという営業形態も大きかったのだろう。しかし、あんな大災害の後に風俗店に通おうと思う人間がどれほどいたのか?

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 次の驚きとしては、震災直後の客足について、どの店舗も口を揃えて「平常時よりも忙しかった」と証言していたことである。そして、客層の多くが被災者だった。風俗嬢の口から語られる客の事情は、非常に衝撃的だ。津波に家族をさらわれた客、会社を失った客、そしてボランティアや原発の除染作業に従事している客…。守るべきものがある大人の彼らは、普段の生活では弱音も吐けないし、常に気を張っていなければならない。家に帰ってきても、支えてくれた妻はもういない。そんな彼らは束の間の癒しを求めて風俗店にやって来る。興味深いのは、震災前よりも長い時間のコースを選ぶ客が多くなったという点だ。彼らにとって、風俗がいかに日常を忘れられるオアシスとして、平常時以上に機能していたかが分かるエピソードである。

 そして、そんな客を癒し続ける女の子たちの人生も十人十色である。インタビューに挑む著者は長年の取材経験から風俗に偏見もないかわりに、過剰な同情も美化もしていない。そんな著者の質問はときに鋭く、女の子たちの本音を抉っていく。

 津波を目撃した影響でPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しめられる女の子や、客として来る被災者の話を聞いているうちに精神が疲れてしまい自律神経失調症にかかる女の子、一方で震災後に風俗で働き始めた女の子。事情はさまざまでも、風俗という仕事を通して否応なく、震災と向き合わざるをえない彼女たちの証言は、いずれも壮絶だ。

 特に印象的なのは著者自身が「救われた」とさえ書いている、ユキコさんという女の子である。奔放な性生活と、夫との不和、家族公認での風俗デビューとその人生はなかなか波瀾万丈だ。そんな彼女が、震災を機に、風俗という仕事にやりがいを見出し、冷え切っていた夫婦関係を修復しようと前向きになっていく過程は感動的である。それは、自分の取材が被災地のためになっているのかと自問自答し続けていた著者のわだかまりをも溶かしていく。ユキコさんは良妻賢母とは呼べないかもしれないが、しかし、自分に正直なその姿はまるで女神のように被災地の男性たちを包み込んでいたのだった。

 初めて会った男女が裸になり、お互いに身を委ねる風俗という場所。そんな場所だからこそ、人は偽りのない自分をさらけだすことができる。震災後、多くの風俗店と女の子たちが、傷ついた男性たちの救いになっていたという事実を忘れてはいけない。本書はそんな知られざる被災地の記録である。

文=石塚就一