馬と恋に落ちた人間の娘。決して許されぬ恋の行方は… 柳田国男『遠野物語』繊細な筆致でコミカライズ!【書評】
更新日:2025/1/29

岩手県の遠野地方に伝わる伝承を、民俗学研究者・柳田国男が編纂しまとめた説話集『遠野物語』。その不思議な物語の数々を、親しみやすい漫画という形で刊行したのが『遠野物語』(鯨庭:漫画、柳田国男:原作、石井正己:監修・解説/KADOKAWA)である。
コミカライズを担当した鯨庭氏は、「千の夏と夢」「ばかな鬼」などの短編作や、初の長編連載「言葉の獣」でも話題を集めた新進気鋭の漫画家だ。自然・動物の緻密な描写や、架空の生物に対するリアリティある筆致を大きな武器としている。
遠野物語といえば民俗学の先駆けとして、1910年の発表から現在にいたるまで多くの人々に親しまれている、怪異の世界の物語を綴った説話集である。河童や狐、天狗や雪女。古くから日本に存在すると信じられている妖怪にまつわる話や、本来人と獣の間に引かれた境界線を超えて展開する物語の数々が、本作には収録される。ここで語られる伝承は、すべて実際にあった出来事とされるのも興味深い点だろう。
不思議で不気味で、けれどどこか神秘的な気配を漂わせるたくさんの伝承。本当の話だとはにわかに信じ難い話が大半だが、その分今回コミカライズを担当した鯨庭氏の写実的なタッチが、物語をよりリアリティのあるものとして伝える役目を大いに担っている。
人語を喋る狐も、河童も、人間の娘と想いを通わせ合う牡馬も。まるで実際にそれらを見て描いたかのように、手足の指の先、毛艶の一本一本まで非常に細かく丁寧に、かつ生き生きとした躍動感ある線で描かれる点も見どころだ。
その描き込みが物語の現実味に拍車をかける一方で、各エピソードの幻想的な雰囲気もより際立たせている。まるで夢の中のような、乱暴に扱うと一瞬で砕けて壊れてしまうような。その繊細さも、空想と現実の境目がとても曖昧な、遠野物語という作品集にぴったりだと言えるだろう。
ノンフィクションやエッセイとも、ファンタジー小説とも少し違う、独特の空気をまとう説話集『遠野物語』。本作は、鯨庭氏の作風にもより、その世界感にどっぷり浸れること間違いなし、だ。
文=ネゴト / 曽我美なつめ