モグライダー芝大輔 エッセイ連載「煙太郎」/第1回「M-1のこと」
公開日:2025/1/21
僕は自分なりに俯瞰で見ていたつもりだった。M-1に執着してたまるかと心の底で抗っていたと思う。さっき「長く翻弄された」ではなく「長く寄り添った」と書いたのは、M-1に挑みはするが、M-1に受かる為の漫才をするつもりはない、その上で勝たないと意味がない、と偉そうにもツッパリ続けた気がしているからだ。
「漁師町でもウケる奴が一番オモロイ」。若い頃から冗談半分でよく言っていた。半年くらい海に出てた漁師が久しぶりに港に帰ってきて、いきなり目の前でM-1の為に作った漫才観せられても笑わないだろ。だから、M-1に固執してたら面白い漫才はできないんだと本気で思っていたし、今もそれは変わらない。
しかし、その僕も結局M-1に人生を変えてもらう事になる。それも恥ずかしいまでにM-1に執着した年だった。2021年、コロナ禍にあってほぼ全ての仕事がなくなった妻子持ち40手前の中年が、初めてその年はM-1の事ばかりを真面目に考えた。子供の頃から要領も悪く勉強も分析も苦手な僕がそれなりに考えた。そして、決勝まで残り世に出ることができ、晴れて芸人の収入だけで生活できるようになった。「あの人って何で売れたの?」って言われたら今のところ間違いなくM-1だろう。「今までで一番楽しかった仕事は?」と聞かれたら2021年のM-1決勝だ。昔から仲の良いメンツで決勝に行き、この回が盛り上がる事を願って本番を過ごした。当日の昼にテレ朝に入って第一回大会当時とは違う煌びやかなセットに感動した。フィーバー中のGAROみたいだった。決勝に残った僕ら無名の漫才師達に対しても、この日ばかりは全員が敬意を払ってくれた。星野リゾートみたいな待遇だった。笑神籤(えみくじ)でトップを引き、自分らのウケが良いのか悪いのかすらわからないままネタを終えた。松本人志や上沼恵美子が褒めてくれた。順位は8位。
これで人生が変わるとまでは自覚できなかった。正直ネタをやってる最中の記憶もあんまりない。ただ、夢みたいな生放送を終えて、明日からまたバイトとライブの日々に戻る感覚が抜けてなかった。全て終わって深夜に帰る間際、マネージャーに「バイト辞められるかな?」と聞いた。すると、マネージャーが「辞められます」と即答した。
ーーその言葉通り、そのまま止まらずに今に続いている。人生が変わっていた。その後、ラストイヤーまでの3年は、あの楽しい現場に行きたいという思いが強かった。パチンコで負けが込むと勝てなくていいから、一回だけ当たるところを見たいと思うようになる感覚に似ている。ああなったらヤバい。
ただ、あの楽しさを味わう事は出来ないまま僕のM-1は終わった。正確にはもう一度決勝には進んだが、あの時とはまるで違っていた。当然、自分の環境もそうだし、この二、三年でM-1は本当に様変わりしたんだと思う。M-1を観て育ち、M-1で優勝するために芸人になった世代が割合を占めるようになった。M-1を攻略する世代。このタイミングで卒業できたのは運が良かったとも思う。大した戦績は残せなかったが、我ながら良くやった方だ。
あらためて思う。M-1は、半年かけてスタッフと演者が国民に向けて放つ、一本の大きなネタだ。夏から年末にかけて一万組以上の漫才師がフリとして散っていく。ネタの最後の畳み掛けがテレビの決勝で、そこで一番跳ねたコンビがその年のM-1という大きなネタの一番のボケを担う。その一番を本気で目指す人数が多ければ多いほど、フリはデカくなるし盛り上がる。そして、その年のM-1グランプリという大きな一本のネタが完結する。
これを書いてる現在、2024のM-1決勝直前。僕らは今年フリになった。最後の畳み掛けを楽しみにしている。

