出版社の産業編集センターが千石で書店の運営をスタート! 「また行きたくなる本屋さん」を目指して――【店長インタビュー】
公開日:2025/1/29

旅と暮らしの出版社「株式会社産業編集センター」が昨年11月、本社1階に、旅と暮らしの本屋「アンダンテ」をオープンした。ガラス張りの外壁からは、明るい店内の様子がうかがえ、温もりのある木製の本棚には、「旅/衣/食/住/遊(趣味、文学、絵本など)/推(新刊・話題書)」とジャンル分けされた本たちが並んでいる。選書は同社出版部の編集者が担当しており、書店員も務めているという。出版社でありがら、なぜ書店を運営するに至ったのか。本の作り手として、書店の現場に立つ意義とは。店長の前田康匡さんに話を伺った。
目指したのは「また行きたくなる本屋さん」

――はじめに、書店を始めることになった経緯を教えてください。
前田さん:「書店が減ってきている」という話題を耳にしたことがある方も多いと思いますが、私たちも出版社として危機感を感じていました。実際に(出版社から本を仕入れる)取次会社からの仕入れ量が減ってきているという現状があって、このままだと自分たちの作った本が店頭に並ぶ機会がどんどんなくなってしまう。そこで「自分たちにできることはないか」と考えた結果が、「書店を持つ」ということでした。弊社には自社ビルがあり、立地も良い場所なので、ここで書店をオープンしたら面白いのではないかと考えたんです。
――オープンするにあたり、どんな書店を作ることをイメージされていましたか?
前田さん:私は編集者の前には販売の仕事をしていて、全国の書店を1000店以上訪問した経験があります。その中で印象に残った書店や、魅力に感じたポイントを思い出しながら、理想のイメージを組み合わせていきました。意識したのは、「また行きたくなる本屋さん」。一度行って満足するのではなく、「あそこに行けば面白い本に出会える」と感じてもらえる、ワクワクするような空間を目指しました。
――そういった書店を作るには、どのような本をそろえるのかという「選書」が重要になってくると思います。「旅と暮らしの本屋」というコンセプトは、御社の出版テーマに沿って決められたのでしょうか?
前田さん:そうですね。弊社は「旅と暮らし」をテーマに出版をしてきましたので、それを軸にするのが自然だと考えたんです。「旅の本」は想像しやすいと思うのですが、「暮らしの本」と言われると範囲が広くて、人それぞれイメージが曖昧になるのではないかと思っていて。そこで、「旅と暮らし」を具体的な「選書」という形で表現することで、自分たちの出版活動のイメージもより伝えやすくなると考えたんです。それに店舗のスペースにも限りがあるので、テーマを絞り込む必要もありました。

「こんなに本を求めている人が多いのか」
――店内を見渡すと、「旅の本」も「暮らしの本」も充実していますが、中でもよく売れているものはありますか?
前田さん:「旅の本」「暮らしの本」は半々くらいの比率で置いていて、売り上げもほぼ同じくらいの割合です。絵本もよく売れていて、親子で来られて購入していただく姿をよく見かけます。
――皆さんどのような買い方をされているのでしょうか。
前田さん:旅の本では、特定のエリアに関するディープな本をまとめ買いされる方も多いです。例えばロシアに関する本を一度に3冊購入されたり、韓国の小説とガイドブックを一緒に買われたり。大きな書店では、ジャンル別に棚が分かれていることが多いですが、うちでは小説もガイドブックも同じ棚に並んでいるので、こうした組み合わせが自然にできるのは面白いところかなと思います。

――確かに広がりのある読み方ができて、楽しそうですね。さきほど、「また行きたくなる本屋さん」というお話がありましたが、店内の雰囲気づくりとして、意識されていることはありますか?
前田さん:自由に動かせる本棚を使っていて、配置を変えることで飽きの来ない空間をつくることができるようになっています。また、外から見えるガラス張りのデザインを活かして、夜でも温かい照明で「足を運びたくなる」雰囲気を大事にしていて。入りやすく、居心地の良い空間になるよう意識していますね。
――客層としては、どのような方々が多いのでしょうか。
前田さん:30〜50代のお客様をメインとして、その次に多いのが20代になっています。こうして店頭に立つまでは、どういう方々が買われているのか具体的に想像できなかったのですが、中学生がおこづかいで1500円のハードカバーの小説を買って行かれる姿なんかを見ると、本当にうれしくなりますね。
――今のお話にあったように、出版部の皆さんが店頭に立たれているんですよね。
前田さん:アルバイトの方もいますが、交代で店頭に立っています。私たちは書店員としての経験がないので、自分たちでやってみないと何も分からないのではないかという思いがあって。実際に店頭に立つことで、お客様の声を直接聞けたり、どんな本が売れるのか体感できたりするのは、本を作る側にとってプラスになると感じています。
――現在オープンから1ヶ月ほど経ちましたが(12月中旬に取材)、店舗を運営することで、新たに気づいたことはありますか?
前田さん:「こんなに本を求めている人が多いのか」と驚きました。書店が減ってきているなかでのスタートだったので、お客様が来てくださるのか心配はあったのですが、予想以上にたくさんの方が訪れてくださって。「本屋さんができてうれしい」と声を掛けてくださる近隣の方も多く、とても励みになっています。
――最後に、今後どのような書店を目指して行きたいか教えてください。
前田さん:続けることが一番で、そのためには「あそこに行けば面白い本が見つかる」と期待していただける店づくりが大切だと思っています。遠方からももちろん来てもらいたいですが、何よりも地域に根ざした書店を目指していきたいですね。

文=堀タツヤ、撮影=島本絵梨佳