エイリアンに支配された星で必死に生きる人間たち。正気と狂気の境が曖昧な極限の世界を、映像のような表現で引き込む『MAD』

マンガ

PR 公開日:2025/3/31

MAD大鳥雄介/集英社

 宇宙から飛来した謎のエイリアンの群れにより人類が滅亡の危機に瀕した地球で、わずかな仲間とともに新天地を目指す隻腕のジョンを主人公にした絶望の世界を描くSFコミックが『MAD』(大鳥雄介/集英社)だ。

 ジョンは過去にある出来事から生きる希望を失いながらも、仲間たちと行動を共にしている。ジョンに今があるのは妹が“そば”にいるからにほかならないが、それも絶望への入り口にいることにはかわりがない。そんななか、ある信号をキャッチしたことで仲間たちは信号を発信している場所に一縷の望みを託して向かう。残された人類たちの新天地があることを信じて――。

 本作の人間たちはエイリアンに対してあまりにも無力で、哀しむことも後悔する間も与えずに死んでゆく。こうした本作の世界における深い絶望感は読者の心に強烈な印象を刻む。

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 また本作で注目したいのはその絵のタッチである。これまで格闘をテーマにした『フリーダム』や『キング』、青春漫画『山形の初恋』などの読み切り作品を描いてきた大鳥雄介氏の本作の画風は、それまでの画風からさらに鋭利でソリッドな線になっており、謎のエイリアンによって滅亡の危機に瀕した人類のヒリヒリする描写にこの表現は最大の効果を発揮している。セリフが少ない反面、登場人物たちの細かい表情などが連続で描かれているところなどはまるで映画を観ているような感覚。荒々しくも勢いのあるタッチからは本作への作者の強い思いが伝わってくるようだ。

 全体を通して終末世界、いわゆるポストアポカリプスジャンルとしては定番の世界観ではあるものの、登場する人間たちのグロテスクな思想や、今後大きな展開を含ませた不穏で歪んだキャラクター造形はこれからの展開も含めて読むものを飽きさせない。

 そして最も特筆すべきなのが、とてもシリアスな世界観の物語ではあるものの、キャラクターたちがときおり見せるユーモラスさが『MAD』というタイトルたらしめている部分である。狂気と正気があいまいとなった世界で、それらを判別できない当事者たちだからこそ、読者にはそのグロテスクなユーモアが一層際立つことになる。こうしたキャラクターの複雑な造形によって本作は単なるエイリアンvs.人類の物語に収まらない奥行きのある作品となっているのだろう。こうした狂気と正気、正義と悪といった二元論的な造形に登場人物の思考や行動をあてはめないからこそ、登場人物の誰もが信用ならざる者として読者を不穏な空気で包み込む。

 本作はジャンプコミックスで2025年3月時点では第3巻まで刊行されており、「少年ジャンプ+」では隔週火曜にデジタル版が毎話更新されている。本作はその特異で強烈な世界観に引き込まれてしまう、今注目したいコミックのひとつである。

文=すずきたけし

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Ⓒ大鳥雄介/集英社

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