川谷絵音のエッセイ連載「持っている人」/第4回「冷たい紋所」

小説・エッセイ

公開日:2025/2/19

 数日前に休日課長と、僕がやっている「LATENCY」というブランドを一緒にやっている友人と、3人でとある店にランチを食べに行きました。その店は月1で1週間だけしか東京に来ない秋田の和食屋さんなんですが、僕らが前の月にリクエストしたメニューを作ってくれるんです。例えば、生姜焼きとかカツカレーとかチキン南蛮とか。何を食べても美味しい。大将は天才です。今回はビーフシチューを作ってもらう日でした。ゴロゴロの肉はあえて入れず、挽肉をふんだんに入れたシチュー。挽肉を入れたことによって、どこを掬っても肉が入っている。食べやすい上に最初から最後まで美味しい。絶品過ぎました。ご飯も2回おかわりしてしまった。お腹いっぱいです。

 大満足でお会計をしようとしたら、大将は渡したいものがあると言い、厨房から長い棒状のものを取り出しました。

「新物のいぶりがっこが入ったからあげるよ」

 そう言って渡された冷たいいぶりがっこ。家でチーズと一緒に酒のツマミにしてね、と大将は言いました。ちょうどツマミを切らしていたんだ。ありがたい。

 僕は嬉しくてルンルンでお会計をしました。大将に感謝を伝え、3人で店を出て、各々別方向の帰り道を歩き出した時、僕は気付きました。袋を貰っていない。僕はいぶりがっこを裸で持って歩いている。透明なビニールに包まれただけのいぶりがっこ。遠くから見たら茶色い鞘に納められた短刀に見えるかもしれない。ポケットに入れてみる。明らかに棒状の普通ではないものを入れているのが外からわかる。この状態で職質にあえば、いぶりがっこがいぶりがっこではなくなるかもしれない。でも水戸黄門みたいにいぶりがっこ紋所を出すのも悪くない気がしてきた。そんなことを考えながら、結局ポケットから紋所を出して歩いていたら、目的地に着いてしまった。仕事場の冷蔵庫を借りて、冷たい紋所を保存してもらい、テレビ収録のために衣装に着替えることにした。いつものようにいつもの動作でズボンを履こうとしたその時でした。

グキッ!!!!

 一言で言えば、腰が爆発しました。それに尽きます。10分前までいぶりがっこをゆらゆら振り、口笛を鳴らしながら歩いていた僕は、今ギックリ腰になっています。人生何が起こるかわかりません。職質を気にする前に腰が爆発寸前なのだと、過去の自分に教えてあげたい。持っている人として生きていると、こんな風に毎日大小様々なことが起きます。ただ、エッセイという場を与えられたおかげで、これらの経験を無駄にせずに済んでいます。ありがとうKADOKAWA、ありがとう編集の立原さん(旧姓)。ついでに誕生日おめでとう休日課長。

 エッセイ発売前に今の心境を書いてくれと言われた時はまた締め切りか…と正直思いましたが、いぶりがっことギックリ腰の話を書けて良かったです。ちなみにギックリ腰直後のテレビ収録は痺れる体験でした。皆さんも腰は労わってくださいね。背筋を鍛えて、太ももの裏をストレッチすると良いらしいですよ。36歳、筋トレとストレッチ始めます。あっ、2月20日がエッセイ集発売ですよ。絶対買ってね。そしてこれからはみんな川谷絵音“先生”と呼んでね。冗談だけどね。まだ腰が痛い僕でした。ごきげんよう。

『持っている人』
『持っている人』(川谷絵音/KADOKAWA)
<第5回に続く>

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川谷絵音(かわたに・えのん)

日本のボーカリスト、ギタリスト、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー。1988年、長崎県出身。「indigo la End」「ゲスの極み乙女」「ジェニーハイ」「ichikoro」「礼賛」のバンド5グループを掛け持ちしながら、ソロプロジェクト「独特な人」「美的計画」、休日課長率いるバンドDADARAYのプロデュース、アーティストへの楽曲提供やドラマの劇伴などのプロジェクトを行っている。