昭和の食卓にあった、ささやかな幸せの数々。羽釜で炊いたご飯のおこげ、初めてのシリアル…ノスタルジー満載のグルメ漫画『しーちゃんのごちそう』【書評】
PR 公開日:2025/2/25

遠足の日は、朝からわくわくが止まらなかった。キッチンから漂うおいしそうな香りに目を覚まし、匂いのするほうへ向かうと、そこには色とりどりのおかずが入った豪華なお弁当が。年に2回、遠足と体育会の日にだけ味わえる母の手作り弁当は、子どもの頃の私にとって特別なごちそうだった。
そんな“家族の食卓の記憶”を呼び起こしてくれるのが、1話完結型のグルメ漫画である『しーちゃんのごちそう』(たかなししずえ/少年画報社)だ。たかなししずえ氏といえば、『おはよう! スパンク』や漫画版『おジャ魔女どれみ』の作画で知られる。本作は、彼女自身の幼少期をもとにした自伝的作品である。


舞台は昭和30年代の千葉県鴨川市。主人公・しーちゃんは、商店を営むお父ちゃんと裁縫が得意なお母ちゃん、そして猫と暮らしている。時代は高度経済成長期。家電製品が普及し始め、電気洗濯機や電気冷蔵庫、白黒テレビが「三種の神器」として人々の憧れの的だった。
とはいえ、当時の家電は高級品。しーちゃんの家ではまだ、井戸水を汲んで洗濯し、昔ながらの羽釜でご飯を炊いている。家族の暮らしを守るお母ちゃんの手は、あかぎれやしもやけだらけだ。そんな生活の中にも、小さな幸せが詰まっている。


たとえば、羽釜で炊いたご飯のおこげ。かつおぶしをたっぷりまぶしたおこげのおにぎりは、しーちゃんの大好物だ。家事を楽にするために最新の家電が欲しいとつぶやくお母ちゃんも、しーちゃんがおいしそうにおにぎりを頬張る姿を見て、「電気釜はもうちょっと先でいいかな」と思い直す。不便さと引き換えに得られる、日々のちょっとした楽しみがここにはある。
また、本作には今では見ることのできない昭和の風景がたくさん描かれている。象徴的なのが、魚屋や海苔屋が家の軒先まで売りに来るシーン。現代ではスーパーで手軽に食材を手に入れられるが、当時は行商人から直接買うのが日常だった。こうした描写が、本作を単なるグルメ漫画にとどまらせず、日本が焼け跡から復興し、急成長していく時代の生活を知る一冊へと昇華させている。
食の変化も本作の見どころのひとつだ。今では朝食の定番となったコーンフレークやシスコーンなどのシリアルが、日本に登場したのは昭和38(1963)年。夏休みのある日、友達から「シスコーン」を教えてもらったしーちゃんは、さっそく両親におねだりする。念願のシスコーンを頬張り、「ほっぺたおっこちるー!」と大喜びするしーちゃん。そんな姿を見たお父ちゃんとお母ちゃんも、つられて一口。親子三人で楽しそうに食べる光景に、思わずほっこりしてしまう。新しい食文化が少しずつ家族の食卓に馴染んでいく様子が、なんとも微笑ましく味わい深い。


本作を読んでいると、かつて母から聞いた昔の話が蘇ってくる。たかなししずえ氏と同年代の母は、幼い頃によく自身の子ども時代の話をしてくれた。しーちゃんの暮らしぶりは、そんな母の思い出話と重なる。知らない時代のはずなのに、ページをめくるたびに懐かしい気持ちになるのはなぜだろう。きっと、昭和を知らない人たちが読んでも、どこか心がほっとする感覚を覚えるはずだ。
昭和世代にとっては「あるある」が詰まっており、若い人たちにはあたたかいノスタルジーを感じさせる。そんな『しーちゃんのごちそう』の最新10巻は、2025年2月25日(火)に発売。さらに、中学生編となる『しーちゃんの青春ごはん』も好評発売中。社会の不安や暗いニュースがあふれ、心がざわつくことの多い今こそ、しーちゃん一家の食卓をのぞいて、やさしい気持ちに包まれてみてはどうだろうか。
文=倉本菜生