SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第44回「グミ」
公開日:2025/2/27
価値観なんてものが人の数だけあるのは至極当然ではあるが、その人にとっての地雷がどこにあるのかというのは案外わからないものである。
先日、アコースティック形態でのライブを行った。普段のライブハウス、ホール、アリーナ公演は、たとえ椅子が用意されていたとしても、立ち上がった状態でライブを観て頂ける。前のめりになった気持ちを体現してくださっているようで何とも嬉しい。しかしアコースティックライブは着席していただいた状態で、ゆったりと観て頂けるようなライブにした。なのでそれぞれ、思い思いのペースで楽しんでいただけたのではないか、と自負している。ご来場頂いたあなたに、並びに来たいと思ってくださったあなたには大感謝でございます。
そんなライブに友人が来てくれた。友人はその日のステージをいたく気に入ってくれて、楽しかったと嬉しそうに伝えてくれた。まアね、そりゃそうだろう、と私は腕を組み、鼻の穴を膨らませて深く頷いてその気持ちを受け止めさせて頂いたのだが、次いで出た彼女の言葉に首を傾けた。
「でもね、信じられないことがあったの」
どうしたのだろう、と私は腕組みを解いて、向かいに座る彼女に目だけでその先を促した。
「私の隣の席の人がね、あ、その人は男の子で、多分彼女と一緒に来てたの。で、始まってしばらくしたら足元の鞄を膝の上に移して何か探し始めたの」
「うん」
「でね、パって取り出したの」
「何を?」
そう訊ねはしたものの、この時点で私の予想していたのは携帯電話。こういう場合は十中八九そう。SNSを見始めただの、酷い場合だったら録音し始めただの、そういうことを思い浮かべた。音楽をやっている私にとって、何よりオンステージしている私にとっては、それが「信じられないこと」であったからだ。しかし彼女の返答は全く違うものだった。
「グミ」
え、あ、グミか。思ってたのと違う。まアしかし、原則飲食が禁止の会場で、何かを食べるという行為が彼女にとっては非人道的なのかもしれないので、私は別段口を挟むことなく、そのまま話を聞いていた。
「その男の子ね、ことあるごとにパクパク食べるの。強めの香水つけてるくらいグミの匂いが漂ってくるの。私すごく気になっちゃってさ」
あ、そっちね。そう思った。不特定多数の人が集まるところで時たま持ち上がる、食べ物の匂いの話題だ。新幹線の中でのお弁当なんかがよく挙がる議題であり、気にする人もいれば存外気にならない人もいる。だからこそ論争が生まれるのだが、彼女は公共の場での食べ物の香りが許せないサイドの人であったのだ。
「あるよね、食べてる人には自覚が生まれづらいから、なんとも難しい話だよ」
「違うの」
「ん、違うの? どういうこと」
あ、さっきから全部違う。いよいよわからない。じゃあどういうことなんだろうと思い私は率直に訊ねた。
すると彼女はその時のことを思い出し、心から呆れ返っているような表情を浮かべて言った。
しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。2025年4月に結成20周年を迎え、SUPER BEAVER 自主企画「現場至上主義 2025」を4月5日、6日にさいたまスーパーアリーナで行い、さらに、6月20日、21日に自身最大規模となるZOZOマリンスタジアムにてライブを行うことが決定。
自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中