SF小説の金字塔『ソラリス』を完全コミカライズ。漫画家・森泉岳土「原作をちゃんと咀嚼して漫画ができた」。原作翻訳者にもOKをもらったコミカライズのこだわり《インタビュー》

マンガ

公開日:2025/3/20

原作小説『ソラリス』の魅力

――『ソラリス』で感じられた衝撃とはどのようなところですか?

森泉 複雑さですね。例えば共感できるものって今とくにすごく人気があるじゃないですか。共感とはつまり理解できるってことだと思いますが、僕は子どもの頃から一貫して理解できないものがすごく好きで、「なんだろう? これわかんない」っていうような、謎みたいなものにぶつかったときに自分の頭を使わなければならないといった経験がすごく大好きなんです。それも理解して共感することよりもどちらかというと超越したものと共生していくような、そういった経験が好きでした。

――ソラリスはまさに絶対的な他者、共感できない存在が大きなテーマになっていますね。

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森泉 そんな『ソラリス』の共感できない、理解できない複雑さ、壮大さ、圧倒的な存在みたいなものにやられてしまったって感じですね。ある種の文学のオープンエンディング(明確な結末がない、終わりのない)で、結論がよくわからないけれど、それをどう抱えていけばいいのだろうと、読書後も常に胸の中に留めながら生活していくことが、なによりも豊かな読書体験だと僕は思っています。

小説をコミカライズするということ

――ハヤコミでの連載時は全10話で、単行本では上下巻ですが、この話数や単行本での上下巻という構成ははじめから決められて描かれていたのですか?

森泉 そうですね。僕の中では原作を読み終わった時点でコミカライズの半分くらいは終わっている感覚なんです。どう理解してどう組み立てていくかを頭の中で想像しながら読んでいくので、読み終わった時点で全10話、上下巻なら“対象体(ソラリスの海に存在する原形質の一つ)”を説明しているところで割りたいと考えてプロットに起こして形にしていった感じです。ただ海の描写は、はじめはもっと少なかったんですが、描いていくうちにこの圧倒的な“理解できなさ”が本当に楽しくて、「よし描いてやるぞ」っていうよくわからない張り切りが出てしまいました(笑)。なので後半は予想よりもページが増えてしまって下巻が厚めになっています。

――本書の漫画表現では、例えば森泉さんの『佐々々奈々の究明』(小学館)ではとてもコマが細かく割られていて吹き出しも多く、とても漫画的でしたが、一転して『ソラリス』では一コマに吹き出しは1、2個と少なく、全体に余白を多く取っている印象です。コミカライズする際にこうした独特の漫画表現にすることは決められたのですか?

森泉 (原作を)読んでいるときから余白による時間の流れが小説の中にありました。漫画の技術的な話になりますが、それをどうやったら表現できるかと考えると、コマを大きく割ってコマ数を減らしてセリフもできるだけ最少で最大限伝えるようにして、なおかつ一つのコマで喋るのは基本は一人にして、それに応えるのは次のコマで書くというのをベースにしています。

 舞台となる惑星ソラリスのとても静謐な世界を読んでいる方に感じていただきたくて、なによりそれが原作の持っているイメージ、空気感だろうと思いましたので、物語のテンポなども含めてかなり意識的に描いています。

――森泉さんが描いた『ソラリス』を読んでみると、原作との違いがわからないことに驚きました。もちろんコミカライズ版よりも原作のほうが情報量は圧倒的に多いので省かなければならない箇所が当然あったとは思いますが、原作の要素を省くことに悩んだりはしましたか?

森泉 いや、けっこう得意なので悩まないんですよ(笑)。

『ソラリス』は内容が複雑であることと、書き方が複雑であることのふたつの複雑さがあって、内容の複雑さはやっぱり省けないんです。それがソラリスの魅力だし、おそらくレムが表現したかったことだと思いますので。ただ、書き方の複雑さというのは小説ならではの複雑さなので、例えば物語の順番を入れ替えるとかセリフをカットするような、漫画的な表現に置き換えても、『ソラリス』が、もともと持っている複雑さという魂の部分を削ぐことにはならないだろうと考えました。

――森泉さんのSNSで原作の文庫本にかなりの書き込みがされているのを拝見しました。

森泉 スナウトの部屋や廊下の描写など、小説に登場する描写などを直接本に書いています。読んでいて疑問があったら疑問も書いています。原作に書かれたことでも、漫画では物語のあとのほうに提示すればいいこともあって、原作の出来事の順番を入れ替えることが起きますね。

――コミカライズの際に、以前読んだときと比べて原作から新たな発見や気づいたことはありましたか?

森泉 コミカライズするぐらい読み込むと、原作の齟齬まで気がついちゃうんですよ(笑)。

 具体的に『ソラリス』の齟齬についてはここであえて触れませんが、コミカライズする際に「ソラリス学」の年表を作るし、物語の出来事を1日目、2日目、3日目と整理して、人物の外見の描写など全部書き出していくと、文章だと気づかない矛盾に気がついてしまうんです。

――原作から絵にする際に、その描写や表現で意識されたことはありますか。

森泉 はじめから交わらない世界というのを描きたかったので、どう考えても「人間と海は交わりそうもないよね」、「コミュニケーション取れそうもないよね」ということをビジュアルでわかってもらえるのが漫画の魅力の一つだと思うので、それを意識して描きましたね。

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