ゴミ屋敷の腐乱死体に隠された“謎”とは?科学捜査で真実を炙り出す鑑定サスペンス!中山七里「鑑定人 氏家京太郎」シリーズ第2弾【書評】
PR 公開日:2025/3/19

科学捜査で突き止めた物証によって真犯人を追い詰め、事件の裏に隠された真実を暴く“鑑定サスペンス”は、時代が移り変わっても多くの人から愛されている。読者や視聴者は自分が知らない科学捜査の世界にワクワクし、物言わぬ物証の重みに驚く。
作家・中山七里が手掛けた「鑑定人 氏家京太郎」(双葉社)シリーズにも、そうした面白さがある。本シリーズでは、科学捜査鑑定所の所長・氏家京太郎が科学捜査によって謎多き事件を解決していく。
主人公の氏家は、作者が手掛ける人気のリーガル・サスペンス「御子柴礼司弁護士」シリーズにも登場するキャラクターだ。氏家は依頼人の気持ちを汲むことなく、科学捜査から導き出された真実を淡々と伝える論理的な人間である。
だが、シリーズ2作目となる『氏家京太郎、奔る』(双葉社)では氏家の心が揺さぶられる事態に…。なぜなら、今回の容疑者は氏家と縁が深い人物だからだ。氏家は揺れ動く心を懸命に律しつつ、事件の解決を目指す――。
そもそも、氏家というキャラクターは非常に個性的である。警視庁科捜研を退官し、退職金と実家の金をつぎ込んで、最新機器を導入した民間の科学捜査鑑定所を作った。そのため、古巣である科捜研からは嫌われている。
今回、氏家が向き合うのは天才ゲームクリエイターの腐乱死体だ。事件は、天才ゲームクリエイターの九十九(つくも)がアパートで孤独死したことから幕を開ける。九十九は周囲が嫉妬すらできないほどの天才だが、出身大学や出自などは不明。人間関係は希薄で、職場にも彼の暮らしぶりを知る者はいなかった。
発見時、室内はゴミ袋だらけ。九十九はほぼ白骨化しており、死体には無数の蛆虫がうごめいていた。悲惨な孤独死…。誰もがそう思ったが、警察の調べで九十九は後頭部を殴打されて亡くなったことが判明。警察は現場に残っていた体液と一致したことから、九十九の同僚の御笠徹二を逮捕した。
だが、御笠は犯行を否定。それどころか、九十九の家には一度も足を踏み入れたことがないと訴えた。
そんな御笠、実は氏家の旧友。真実が知りたい氏家は逮捕の決め手となった物証を自身の鑑定センターで再分析したいと、古巣である科捜研に頼むが相手にされず。そこで、真相を解明すべく、知り合いの探偵に九十九の過去を調べてもらったり、自ら九十九の職場を訪れて物証を探したりと、とにかく“奔る(はしる)”。
これまで依頼人の証言よりも物証の分析結果を信用し、成果をあげてきた氏家だが、今回は「旧友」という、どうしても感情が入ってしまう相手の鑑定を担うことから、普段は冷静な心が揺れ動く。
事件の行方だけでなく、その心境の揺れも本作の大きな見どころだ。氏家は揺れ動くものの、感情優位な思考にならない。人は感情で裁くべきではない。感情を持ちこめば判断が必ず歪む。そう思っているため、心の手綱を引きながら物証集めに励む。
信念を持ちながら奔る氏家には、その道のプロならではのかっこよさがあり、読者は読めば読むほど彼というキャラクターに惹きつけられていく。そして、同時に自分の生き方を振り返りたくもなることだろう。自分の中には、彼のような“譲れない信念”があるだろうか…と。
なお、本作では普段、学ぶ機会がない科学捜査の方法が具体的に紹介されており、興味深い。犯罪発生時には、実際にこうして犯人の特定が進められ、社会の平和が守られているのかと思うと、科学捜査に情熱を注ぐプロたちへの感謝と尊敬の気持ちが改めてこみ上げてもくる。
また、御笠と親睦を深めた高校時代の回想も必見だ。まだ青くも、今と変わらずまっすぐな氏家少年の姿には心打たれる。中でも心に刺さるのが、校内で発生した「いじめ事件」への氏家の対応。こういう過去があったから、彼は今の彼になったんだ…と感じられる、氏家の原点に、ぜひ泣かされてほしい。
果たして氏家は、どんな科学技術を駆使して真実を見つけ出すのか。決して嘘をつかない鑑定結果が炙り出した“事件の背景”は、あまりにも衝撃的だ。その結末に触れた時、あなたの心にはどんな感情がこみ上げてくるだろうか。
文=古川諭香