「私ひとりの体に戻して」待ち望んでいた出産だったのに、不安から死への衝動が止められなくなった。「産褥期精神病」になった女性の体験記。病気をテーマにした漫画【書評】
公開日:2025/3/31
病気の治療をしている時、悩みを共有できる相手が少ないと辛さが倍増するだろう。それは当事者を支える人も同じで、下手をすればすれ違いを起こしてしまうこともあるかもしれない。そんな人たちへ向けて、本稿では病気をテーマにした漫画を紹介していく。
まとめ記事の目次
妊娠したら死にたくなった~産褥期精神病~
2人目妊娠したら糖尿病になった話
痔だと思ったら大腸がんステージ4でした
腸よ鼻よ
鼻腔ガンになった話
※本稿はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上お読みください
妊娠したら死にたくなった~産褥期精神病~

妊娠や出産は新しい命を授かった喜びに包まれる一方で、生活や体の変化から不安に陥ることもあるだろう。実は、妊娠中や出産後に精神疾患を発症する人は多く、なかなか治療が進まないケースも存在する。中でも困難とされるのが、「産褥(さんじょく)期精神病」。『妊娠したら死にたくなった~産褥期精神病~』(橘ちなつ/ぶんか社)は、そんな病気を患った著者・橘ちなつ氏の実体験を基にした作品だ。
「産褥期精神病」は産褥期になりやすい心の病気の中でも、最重度とされていて、1000人に1人の割合で発症し、精神科での治療が必要になってくる。
妊娠や出産を望んでいた千夏。赤ちゃんがお腹にいることが分かり、幸せの絶頂にいた。しかし、つわりが始まり、どんどん減っていく体重に苛立ちや不安が募っていく。治療のために入院し、一度は回復し、日常生活を送っていたが、突如として涙が止まらなくなってしまう。いつしか心が恐怖の感情に支配されてしまうようになっていた。極端な混乱や躁うつ、さらに死への衝動に駆られて行動を起こしてしまい、気づけば閉鎖病棟へ入院していた――。
ホルモンバランスの変調が原因の一つとされる「産褥期精神病」。もともと千夏は精神的な病を抱えてはいたが、「産褥期精神病」との因果関係は定かではない。つまり、誰もが発症する可能性をはらんでいるのだ。そうした時、事前知識があるとないとでは大きな差があるはず。これから妊娠や出産を控えている人はもちろん、その家族も読むべき作品だ。
2人目妊娠したら糖尿病になった話

「妊娠糖尿病」という病気を知っているだろうか。妊娠中に発症する糖代謝異常のことで、一般的な糖尿病とは異なる。この病気になってしまった著者・奥田けい氏の体験談を描いたのが、『2人目妊娠したら糖尿病になった話』(奥田けい/KADOKAWA)。リアルな闘病生活をはじめ、「妊娠糖尿病」の治療に必要な知識が描かれていく。
奥田氏が「妊娠糖尿病」を発症したのは、ふたり目を妊娠した時のこと。高血糖状態を放置すると赤ちゃんに悪影響を及ぼすため、血糖値を測定しながら食生活の改善に努めることに。低糖質な食事を心がければすぐに改善すると思ってしまうが、一概にそうとは言えない。なぜなら、きちんと赤ちゃんへ栄養を送らなければならないからだ。
つまり、しっかりとした食事を取る必要があるのだが、食べ過ぎると血糖値が上がってしまう。一方で、インスリン注射という選択肢もある。しかし経済的な負担が重いため、適度な運動と自分に合った食事改善で血糖値を上げないように努力を重ねていくことに――。
もともと糖尿病のリスクが高い人でなくても発症することがある「妊娠糖尿病」。適切な治療を受けることは大切だが、私生活を改善しないことには治療を進められない。同作には当時奥田氏が知りたかったという食生活のポイントや費用面も解説されているので、あらかじめ読んで知識をアップデートしておこう。
痔だと思ったら大腸がんステージ4でした

男女ともに増え続けているという「大腸がん」。厄介なのが早期発見に至りにくいことだ。『痔だと思ったら大腸がんステージ4でした 標準治療を旅と漫画で乗り越えてなんとか経過観察になるまで』(くぐり/KADOKAWA)は、大腸がんの闘病記だ。
著者・くぐり氏は、過去にいぼ痔を経験したことでトイレでの出血を痔によるものだと思い込んでいた。しかし、身体の不調から病院を受診したところ、「大腸がん」のステージ4だと診断されてしまう。しかも肺へ多発転移しているため、手術では除去できないという状況。それでも抗がん剤治療を受けると決意し、副作用に苦しみながらも懸命に闘病生活を送っていく――。
闘病するくぐり氏と、その家族のリアルな心情が描かれていく同作。最終的には「経過観察」まで回復したくぐり氏の奮闘ぶりは、きっと多くの人に勇気と感動を与えてくれるに違いない。
腸よ鼻よ

近年、幅広い世代で患者が急増していると言われる「潰瘍性大腸炎」。1万人に1人が発症する難病指定疾患で、完治させる治療法は確立されていない。そんな同疾患の闘病エピソードを、底抜けに明るく描いたのが『腸よ鼻よ』である。
「潰瘍性大腸炎」の症状としてよく挙げられるのが、腹痛と下血。とくに腹痛はひどいと1日に何十回もトイレへ駆け込まなければならないほどで、日常生活がままならなくなることも。そんな同疾患を著者の島袋全優氏が患ったのは、10代の頃だった。
当時は漫画家を夢見てバイトと原稿に明け暮れていた島袋氏だったが、ある時にトイレが血まみれになるほどの下血に悩まされる。病気が発覚してからも寛解と再燃を繰り返し、発症から約3年の間に10回以上の入退院を繰り返すことに。これを受け、最終手段とも言える大腸の全摘出手術に挑むこととなり――。
決して笑えない症状に苦しめられる「潰瘍性大腸炎」だが、同作は対照的に明るい作風のギャグエッセイ。不謹慎だと分かっていても思わず笑ってしまう……島袋氏の高いギャグセンスが光る。闘病エッセイとしても、ギャグ漫画としても楽しめる作品だ。
鼻腔ガンになった話

がんの多くは、症状に気づきにくいとされている。たとえば『鼻腔ガンになった話』(やよいかめ/KADOKAWA)はタイトルの通り「鼻腔がん」の闘病エピソードが描かれていくのだが、事の始まりは単なる鼻水と鼻詰まりだったという。
当時は家族全員が風邪を引いていたこともあり市販薬を飲むも収まらず、やがて鼻水や痰に血が混じるようになった。そして病院を受診したところ、がんであることが発覚。そこから「がんサバイバー」として、過酷な闘病生活をスタートさせていく――。
著者のやよいかめ氏のリアルな心境が描かれている同作において、もっとも注目したいのが家族の絆。当時、小学生だった子どもたちが不安や寂しさを抱えながら母を懸命にサポートするなど、人間としての強さを見せていく。そんな子どもたちや夫の存在が、やよいかめ氏に勇気を与え続けたのは言うまでもないだろう。
なお続編の『続 鼻腔ガンになった話 未来への道』(やよいかめ/KADOKAWA)では、がん手術の体験や親族の闘病について触れられている。闘病の参考にしたい人はもちろん、温かな家族愛に触れたいという人にオススメの2冊だ。
闘病エッセイから学ぶべきこと、それは健康を維持するために通院や検査を欠かさないことだろう。とくにがんは早期発見すれば完治する確率がグンと上昇する。本稿で紹介した作品を通して、多くの人に定期検診や不調を放置しない心がけが浸透することを願うばかりだ。
文=ハララ書房