「断捨離=モノを捨てる」は誤解?断捨離の第一人者・やましたひでこ×漫画家・カレー沢薫が語る、“断捨離の本質”とは【インタビュー】
公開日:2025/3/29
●自己探訪しながらの推し活
——最近は、オタクもずいぶん市民権を得たように思います。
カレー沢:今、アイドルや漫画に限らず、なんらかの“推し”を持っていることが一般的になってきて。で、推し活って何かと言ったら、グッズをたくさん持つ人もいれば、コンサートとかで体験を求める人もいて。『オタクの断捨離』では「モノが多すぎやしないか」って思う人がいましたけど、ちゃんと考えてレイアウトされていたので、たしかにこの部屋の中にいたら幸せだろうし、充実した推し活をしているなっていうのがすごくわかりました。
やました:推し活って、夢の世界への一種の逃避だとも思うんですよね。けっしてそれが悪いというわけではなく、日常生活の閉塞感から抜け出したいのは誰しも同じ。変身願望があるからコスプレをする、仏道を極めたいから出家をする…。いずれも、違う自分を生きてみたいっていう“生きる欲求”であり、人生への訴求。好きなものがあるって素敵なこと。
カレー沢:私も『オタクの断捨離』の執筆後、すぐに片付けに移ることができて。ゴミしかないので執着もなく、6袋分くらいのゴミを出しました。ゴミがあって気分がいいわけはもちろんなく、きれいな空間の中にいると、疲れ方がちょっと違うなと気づきました。私は割と汚くても平気なほうですけど、やっぱり汚い部屋にいると、「どうせ汚いから」とやけくそな気持ちになるし、行動が雑になる。一旦片付けると、このまま維持したい気持ちが湧いて、ゴミを定期的に捨てるようになりました。
やました:もしリバウンドしたとしても、またやればいいんです。前より“気が付きやすい思考回路”ができているはずだから、すぐ動き出せますよ。みなさん「継続は力なり」っていう観念に縛られているのではないでしょうか? 楽しいこと、気持ちいいことだったらきっとまたやれますよ。「続かなかったらどうしよう」と悲観的に考える必要はないと思います。
断捨離では最終地点としての「点」、つまり“常に片付いている状態”が求められがちですが、じつは私たちの生活って「線」なんです。片付けたら終わりではなく、増えたり減ったり、散らかったり片付いたり、その繰り返し。人間が落ち込んだり元気になったりするのと同じで、動きや変化の中に存在しているのが断捨離です。体が動くと思考も動いて、心も動く、これは自然なことです。
ひとつ憂えるとするなら、モノがいっぱいで動きがなくなってしまうこと。ただモノが積み重なっていく、平然とした堆積ほど恐ろしいことはないですよ。人間の思考も制限されている状況ですから。“シンデレラフィット”なんて聞こえはいいですが、きっちり詰め込んだら余白もなくなりますし、これ以上増えたり足したりもできなくなりますよね。
『オタクの断捨離』でたとえると、建物の1階が日常生活ゾーンだとすれば、2階は非日常の体験ゾーン。ここを行き来するハシゴがなくなって、2階から降りられなくなる人もいるかもしれないけど……非日常の体験に偏るとどうしても日常がおろそかになりがちなので、バランスに気をつけながら2階建て分の人生を存分に楽しんでいただきたいです。そして、いつも自己探訪を忘れずに。