満田拓也 『MAJOR』は海堂高校戦を最終回のつもりで描いた。幼稚園編から茂野吾郎プロ復活の可能性まで連載20年を振り返る【『MAJOR 2nd』インタビュー】

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公開日:2025/4/2

 1994年に「週刊少年サンデー」で連載開始した『MAJOR』。累計発行部数は5,500万部を突破し、NHKで放送されたTVアニメは全6シリーズにわたり長期放送された。現在、「週刊少年サンデー」では続編となる『MAJOR 2nd』が連載されており、茂野吾郎の息子、大吾の活躍が描かれている。

 漫画家・満田拓也さんは、約20年にわたり、茂野吾郎と大吾の物語を描いてきた。ダ・ヴィンチWebでは満田さんに独占ロングインタビューを実施。『MAJOR』初期の構想や野球漫画を描き始めたきっかけ、高校編、メジャーリーグ編、そして『MAJOR 2nd』と時系列に沿って、初めて語られるエピソードの数々を聞いた。

野球漫画を描く自信が全くなかった

ーー本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、『MAJOR』構想のきっかけを教えていただけますでしょうか?

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満田拓也(以下、満田):水島新司先生の『球道くん』のような、子どもが成長していく物語にしたかったんです。『がんばれ元気』『俺たちのフィールド』『六三四の剣』など、お父さんがそのスポーツの先駆者で、父が死んでしまって…という作品が他にもたくさんありますよね。僕もそういった作品を作ってみたいなって。

ーー過去のインタビューでは「甲子園を目指すような漫画は描きたくなかった」と仰っていましたが、それはどのような意図だったのですか?

満田:それはもう、先輩方がそういったテーマの作品をたくさん描いていて、自分がそれを超える面白いものを描ける気が全くしなかったからです。そもそも、デビュー作で大好きだった野球を避けて、バレーボール漫画を描いたのも自信がなかったからなんですよね。それに、仕事にしちゃうことで野球がもし嫌いになったらすごくイヤじゃないですか。

 それで、野球漫画の『キャプテン』をベースに、違うスポーツをやらせようって始まったのが『健太やります!』だったんです。

ーー『健太やります!』完結後、それほど自信がないと思っていた王道の野球漫画をスタートしたのは、どんな心境の変化があったのでしょうか。

満田:『健太やります!』はおかげさまでそれなりにヒットしたのですが、漫画家として長くやっていくためにも「2作目は大ヒットさせないといけいない」という気持ちが強くありました。だったらもう覚悟を決めて、野球漫画に正面から取り組んでみようと腹をくくったわけです。

早く“中学生編”を描きたかった

ーーここからは時系列に沿って『MAJOR』のことを色々お聞かせください。過去に「アンケートがふるわず我慢の時期だった幼少期編」と仰っていたようですが、これがあることで吾郎の人生を描く『MAJOR』という作品にすごく深みが出たのではないかと思っています。

満田:そうですね。今振り返ると、ちゃんと描いておいてよかったなと思います。幼児の話は少年漫画の基本からズレますし、回想シーンにするなり飛ばすなりする手もあったんですけどね。読者アンケートに関しては、僕は初期からずっと中学生編が描きたくて、人気が出るのもそこからが勝負だと思っていました。「早く吾郎が大暴れするのを描きたい!」って。

ーー私はリトルリーグ編からリアルタイムで読ませていただいているのですが、横浜リトル戦なんて最高に面白かったですし、当時から既に人気が高かったと思います。

満田:ありがとうございます。でも、リトル編の途中までは「打ち切りかもしれない」という感覚は持っていました。当時は“少年野球の敵キャラ”って描くのが難しいなと思ってましたね。どんなに悪そうに描いても所詮子どもじゃん、という気がしていたんです。

ーーサンデーの連載では、小学生の吾郎が転校したことがチームメイトに告げられる回の翌週、中学生に成長した吾郎が巻頭カラーで登場しましたよね。あれはとても衝撃的でした…。

満田:元々、僕は『あしたのジョー』の矢吹丈が好きで、ああいうキャラクターを描きたいと思ったのが漫画家を志したきっかけの1つでした。だから『健太やります!』の健太はちょっといい子すぎて面白味がないと思い、前田という直情的なキャラクターをチームメイトとして登場させたんです。

ーー言われてみると、前田は中学生以降の吾郎にビジュアルがすごく似ています。

満田:そうそう、そうなんです。本当は前田のようなキャラをピンで主人公にするのが理想で、『MAJOR』ではそれを成就させた形ですね。リトルリーグ編まで吾郎はそこまでいきり散らかせなかったですけど、中学編からは弾けたというか、満を辞していきり始めた感じ(笑)。

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