「誤解を招いたとしたらお詫びする」「真摯に受け止める」政治家の乱用で、もはや信用できない? 言語哲学者の提言とは《インタビュー》
公開日:2025/4/22
発言者が「信頼できるかどうか」をチェック!

――私たちが権力者の発言をチェックする時に、最低限考えるべきポイントはありますか?
藤川:大事なことは、発言した権力者が「信頼できるかどうか」です。「認識論」という哲学の分野では、人であれ組織であれ「その情報源は信頼に値するか」のチェックポイントを3つあげていますので、参考になると思います。
1つは「過去の実績」。その人が過去にどれくらい本当のことを言ってきたか、デタラメなことを言っていたなら信用できませんよね。2つ目は「誠実性」。たとえばステマが誠実性を疑われるように、利害関係があるようなら信用するのにちょっと慎重になったほうがいい。3つ目はそもそも、その情報をちゃんと知ることができる「能力」があるか。たとえばまったくの素人が書く物理学の専門書のレビューは、信用性に欠ける可能性があります。
権力者の約束や謝罪については、これを少し広げて考えるといいと思います。まずは1つ目のポイントでは、その人が過去に発言によって生じた責任をちゃんと果たしてきたのかどうかを見る。たとえば口先で約束するばかりでたびたび約束を破ってきたのなら、その発言者の信頼性は低いでしょう。2つ目の誠実かどうかは、発言によって生じる責任を踏み倒すことにインセンティブがあるか、やるつもりのない約束でその場をはぐらかすことでその人がどれくらい得するのかを見ましょう。最後はその人に発言が生じる責任を果たす能力があるかどうかで、できもしない約束をしていないか。これは選挙の時に各政党のマニフェストを評価するポイントと重なる部分も多いのではないでしょうか。
――トランプ大統領のように強気だと、根拠のない発言が本当に「現実」として認識されそうでこわいです。どう対応したらいいのでしょうか?
藤川:実際に日本でも生じ始めていますから、私たち一人ひとりはもちろん、システム的にも対抗する必要があると思います。個人としてできることは、情報ソースが「信頼」できるかどうかに意識的になること。さらに私たちの思考には認知バイアスがあり、「同じイデオロギーを持った人の話を受け入れてしまう」傾向があることも意識しておいてください。
一方でソースが信頼できるものになるように働きかけることもできるかもしれないので、根気強く証拠を求め続けることも重要だと思います。なおシステムレベルではファクトチェック制度の導入が重要でしょう。残念ながらトランプ政権2期目の就任時にMeta社はファクトチェック制度を廃止してしまいましたが、やるべきことは機能の水準を上げることだったはずです。

――本書の最後に「意味の表裏の揺らぎ・言質の不確かさ」を抑制することは、コミュニケーションの豊かさを犠牲にするとありました。あらためて、どのような感覚が最善の「落とし所」でしょうか?
藤川:言葉はちゃんとした真っ当な使われ方もすれば、悪い使われ方もするという清濁併せ持ったあり方を理解するのが重要だと思います。「誤解を招いたとしたら申し訳ない」や「そんなつもりはなかった」にだって本当は真っ当な使い方があるわけで、言葉だけを見て断罪することには慎重であるべきでしょう。その上で「落とし所」は社会全体で作り上げていく。ただし感覚は人によるし、特に分断が進んだ状況ではその差とイデオロギーとの結びつきも顕著になります。実は「私たちが自分たちの住む社会をどのように設計していくのか」は政治的な側面も持ちますから、タイトルにも「言葉の政治」といれました。
さらに本書を書いて気がついたことは、言葉の責任と社会の分断がもはや切り離せなくなりつつあるということです。発言に伴う責任に対する見方の違いは、分断によって一層深刻になっています。こうした状況が続けば、違う立場の間ではそもそもコミュニケーションが立ち行かない状況が生じえます。それは知っておいたほうがいいでしょう。
取材・文=荒井理恵 撮影=川口宗道