SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第46回「タクシー運」

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公開日:2025/4/27

 仕事を終えた20時過ぎ。

「あれ、私ね、お客さんのこと乗っけたことありますよ」

 運転手さんがそう言ったのは、タクシーが出発して10分以上経ってからのこと。かなりご年配の運転手さんは、目玉の親父よりは少し低いかなって、くらいのなかなかに高い声で後ろに座る私に言った。

「え、本当ですか」

 目を落としていた携帯電話から顔を上げて反応した私に、運転手さんは言った。

「ええ、以前もあの場所からお乗せしましたよ。二年前くらいだったかなア、確か**駅の交差点、××方面に右折したところで降ろした覚えがあるんだけど」

 我が家があるのがまさしくそこだった。

「え、そうです。すご、なんだか嬉しいですね」

 そう言った私に、穏やかに笑って返す運転手さん。こんなことってあるのだなアと、奇跡とも呼べる再会を素直に喜んだ。と、ここまでならハートウォーミングなエピソードとして周囲に語ることが出来ただろう。しかし、私は気が付いていたのだ。携帯電話から顔を上げた時見えた景色が、全く見覚えのない道のものであるということに。

 出発して程なくは進行方向に間違いがなかった。しかし今はどうだろう、しばらく目を伏せている間に全然違うところにいる気がする。私が道を知らないだけかもしれないので、念のため地図のアプリを開く。案の定、現在位置を示す青色の矢印は、期待からも目的地からも外れた方向を指し、ズンズン前に進んでいた。

 まずいなアと。なんだかポカポカした空気つくっちゃったなアと。心温まってる場合じゃないなアと。早く訂正しなければと思い、私は言った。

「あの、すみません、確認なんですが、※※を目指して頂いてますよね」
「あれれ、※※!?」
「えエと、お伝えしてたと思うんですが」
「そうでしたそうでした。ごめんなさいね、違うところ目指してましたよ」
「あ、ええと、困ったな、※※を目指して頂けませんか」
「いやア、そうですよね、あーーごめんなさい。そしたらあれかな、じゃア、このナビはもう切っちゃっていいかな」

 まず一体どこを目指してナビを入れてくださったのかわからないので、そうしてください、とお願いする。

「そしたらね、そこUターンするからね。あ、だめだ、お客さん、この時間Uターン出来ないよ。ごめんなさいね。あは、いや困ったね、どうしましょう」

 ねー、本当に、どうしましょ。割としっかり困っている私はうまく笑えずに、えへんえへんと妙な笑い声を上げることしかできなかった。

 そんなこんなで、随分と遠回りしてようやく到着した目的地。ここで降ります、と言った私に運転手さんは言った。

「また会えるといいですね、お仕事頑張ってね」

 また会いたいような、また会いたくないような。「ありがとうございます」と応えた私は、開けてもらった扉から外に出る。そういえば料金高くついてたけどそのままだったなアと、やけに澄んだ空に輝く星を数えながら、静かにため息を吐いた。

 態度が悪い運転手さんだったら良かったのに、と初めて抱いた特殊な感情を胸に、底冷えのする街をゆっくり歩いた。

 と、まアこんなのが常。

 恵まれています私、大好きな人が何人もいます。ただ神様、小鳥と歌ってねエで一旦こっち見てみろや。

 あ、でも、待って。やっぱこのままでいいかも。あなたがミスってなみなみ注いでしまったこの器、昔も今もこれからも、私の宝物だったりするから。むしろ感謝しないとですね。

 私は運が有って運が無い人間を代表していつの日か、折を見てあなたと、あと小鳥に直接お礼を言いに行きますね。タクシーで。

<第47回に続く>

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。2025年4月に結成20周年を迎え、SUPER BEAVER 自主企画「現場至上主義 2025」を4月5日、6日にさいたまスーパーアリーナで行い、さらに、6月20日、21日に自身最大規模となるZOZOマリンスタジアムにてライブを行うことが決定。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中