キスの瞬間、脳裏に浮かんだのは「燃え盛る本能寺」⁉︎転生した織田信長(ヒロイン)×明智光秀(ヤンキー)の、異色の学園ラブコメ【書評】
公開日:2025/4/29

ゆるふわヒロインに転生した織田信長と、ヤンキー男子学生に転生した明智光秀が、現代の高校で再び出会ったなら。『織田ちゃんと明智くん』(常盤ギヨ/講談社)は、かの有名な主従関係を、現代の高校生カップルとして描く、異色の学園ラブコメだ。
高校という日常空間によみがえる、戦国時代の因縁。「家臣ではなく男として、もう一度好きだと言わせてみる」。転生の恋が向かう先は、二度目の本能寺の変!?
成績、容姿、性格、すべてが完璧な癒し系・織田麻里亜。喧嘩無敗、孤高のヤンキー・明智隆之介。学校の人気者と嫌われ者、正反対な二人だが、じつは互いに想い合う仲だった。だがファーストキスの瞬間、彼らの脳裏に浮かんだのは、燃え盛る本能寺の光景。そして二人は思い出す。目の前の相手が、かつての宿敵だったことを。
本作の魅力は何といっても、信長と光秀という“重すぎる過去”を背負ったカップルの関係性と、ストーリーのテンポのよさにある。
前世の記憶がよみがえったことで、麻里亜は信長としての人格を、隆之介は光秀としての感情を取り戻す。キスからの急転直下、そこから始まるのは「恋の再燃」ではなく「因縁の再燃」だ。
交際を既成事実化し、家臣として明智くんを躾け直して、現代での天下取りを画策する織田ちゃん。一方で、信長への怒りや恨み、そして消えてしまった「織田麻里亜」への想いを抱える明智くん。彼はやがて、自分と織田ちゃんの中に“前世の人格”と“現世の自分”が共存していることに気づく。
転生しているのは、信長と光秀だけではない。眼鏡が似合う色気たっぷりな女子高生に転生した伊達政宗(現・伊達七星)。前世と同じく女好きのチャラ男に生まれた豊臣秀吉(現・木下)。なかでも木下は、麻里亜(信長)を巡って明智くんと対立する“ライバル的存在”として描かれる。
重たいテーマに反してテンポよく読めるのは、可愛らしい作画の力も大きい。クラスメイトの前では愛され女子としてふるまう織田ちゃんだが、明智くんの前では暴君の表情に変わる。そのギャップが絶妙で、笑いとシリアスのメリハリを生み出している。
本作はラブコメでありながら、歴史を親しみやすく再解釈することにも成功している。ストーリーの合間に挟まれる「戦国ネタの解説」が面白く、歴史に疎い人でも学びながら楽しめるだろう。
明智光秀は創作上、信長に愛憎を持っていた人物として描かれることが多い。本作でも明智くんは「あの人のことは俺が一番わかってる。ずっと一緒にいたのは俺なんだから…!」と、信長への複雑な想いを吐露する。
そんな彼に対し、「あの人を殺したくせに」と淡々と責める木下。しかし明智くんの記憶は断片的で、自分がなぜ主君を裏切ったのか思い出せずにいた。「忘れたからってなかったことにはならない」。前世の信長への感情と、恋した今世の麻里亜への気持ちで揺れ動く明智くん。そんなとき、あることがきっかけで信長の人格が消え、麻里亜の人格が戻ってきて……。
コミカルでありながら、どこか切実。歴史を知るほどに深く、知らなくても心を動かされる。この恋が向かうのは、愛と許しか。あるいは再び裏切りの炎に包まれるのか……。今後の展開から目が離せない。
文=倉本菜