イラストレーター・Spinの3冊目の画集はまるでRPG。主人公「僕」の旅を追うように読み進める『そんな悲しみなら連れていけ』【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/4

そんな悲しみなら連れていけSpin / KADOKAWA

 SNSなどで発表する幻想的な作品で人気のイラストレーター・Spin氏の3冊目となる作品集『そんな悲しみなら連れていけ』(KADOKAWA)は、ただ美しいイラストを楽しむだけの画集ではない。

 前作『杖よ、もしも明日が来るなら』は、大切な魔法を失った「僕」が過去の想い出を振り返る中で「君」の気持ちに気づいて魔法を取り戻す物語がテーマの作品集だったが、今作『そんな悲しみなら連れていけ』は、アドベンチャーゲームを模した構成で、読者はプレイヤーキャラクターである「僕」の行動を追うように読み進めていく。自分以外の誰かがプレイするゲームの進行を疑似体験するのは、まるでYouTubeでゲーム実況配信を見ているかのような気分だ。

 ページをめくると、コスメやスイーツといった多種多様のアイテムに、様々なモチーフを掛け合わせて描かれた幻想的なイラストの数々に目を奪われる。季節や曜日、感情をモチーフにしたマニキュア、おばけや楽器をモチーフにしたケーキetc. 現実にありそうでない、イラストならではの不思議なデザインが見る人の心をくすぐる。細かい部分まで目を凝らせば凝らすほど、Spin氏の描く魔法の世界に引き込まれていくことだろう。

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「僕が魔法の世界にいた時のことを話そう」という語りで始まるプロローグには、ゲームのタイトル画面のようなデザインの選択メニューがあしらわれ、「僕」が旅に持っていきたい大事なアイテムを5つ選んで出発するところから物語がスタートする。

「僕」は5つの章(ステージ)を旅していく中で、ゲームセンターの店員、ショーのキャスト、カフェの客、ミュージアムのガイドといった不思議なNPCたちと出会う。彼らが語り掛ける詩的な言葉もまた、イラストとともに読者を幻想に誘う大切な要素になっている。

 魔法の世界をさ迷う「僕」の旅路は、ルイス・キャロルの児童小説「不思議の国のアリス」を思わせる。ルイス・キャロルは幻想的な絵画で知られるダリやマグリットたちシュルレアリスムの芸術家に多大なインスピレーションを与えた作家として知られるが、Spin氏の描くモチーフイラストの手法も、シュルレアリスムの絵画で用いられるトロンプイユ(だまし絵)に通じているのではないか。その意味でも、今作はSpin氏の培ってきた作家性がもっとも色濃く出ている作品集だといえるだろう。

「僕」はそれぞれのステージを攻略していく中で、大事なものを一つずつ失っていくことになる。その「喪失」こそが今作の主題だが、それは決して悲しい話ではない。人が生きていく上で何かを失うことは避けられないが、失うことで新たに得るものもある。それゆえに、人生の様々な局面で迫られる選択と、その結果を恐れることなく生きていこうというポジティブなメッセージがそこにある。最後のあとがきまで読み終えた時、この作品集はきっとあなたを勇気づけてくれる1冊になってくれるはずだ。

文=平岩真輔

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