東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第1回(野尻)「東大は武器か?足枷か?」

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公開日:2025/5/8

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第1回は野尻回。

第1回(野尻)「東大は武器か?足枷か?」

こんにちは。サンミュージックプロダクション所属の漫才コンビ・無尽蔵の野尻です。

今週から無尽蔵によるコラム連載が始まります。無尽蔵のメンバーは2人ですので、ボケの野尻とツッコミのやまぎわが週替わりで交互に連載を行います。野尻とやまぎわがひと文字ずつ交互にキーボードを押下する方式は、採用されませんでした。

【写真】恵比寿 大龍軒の店先に佇むお笑いコンビ・無尽蔵の野尻とやまぎわ 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


無尽蔵が他のお笑いコンビと比較して大きく異なる点は、2人ともが東大出身であるということです。トレーディングカードゲームの表現を借りれば東大を「2枚積み」しており、空前のデッキであると言えます。無尽蔵の出現は昨今甚だしい芸人の高学歴化のひとつの到達点でしょう。

3年前、我々がプロを名乗ってライブに出始めた頃、その類稀なる出自へ先輩芸人から好奇の目が向けられました。ライブのトークコーナーでは「普段何考えてんの?」「国のために働け!」などと偏見に満ちた粗野な言葉を浴びせられました。

我々は東大のお笑いサークルでお笑いを始め、東大生の中でお笑いを見せ合っていたため、ネタの題材に東大が絡むことは全くありません。なのでネタよりも学歴が遥かに注目されることに苛立ちを覚え、「俺たちは東大芸人がやりたいんじゃなくて、芸人がやりたいんだよ」と不貞腐れもしました。なんてかっこいいのでしょう。東大の追い風を止ませ、掛け値なしでネタを見てもらおうだなんて、あまりにも勇敢です。

しかし、実際のところ私は、肥大化した自意識を抱えた世間知らずの子どもだったのです。どういうことか。東大という色眼鏡を外してフラットにネタを見てほしいというのは建前に過ぎず、「ネタはネタとして評価してほしいが、勉強ができる大したやつだとも同時に思われたい。両方勝ちたい。とにかく尊敬されたい。つまり万能人だと思われたい」という邪悪な俗物根性が心を支配していたのです。

本当にネタだけで評価されたいなら、学歴などいくらでも秘匿できるはずなのに、そうしていなかったのが何よりの証拠でしょう。東大いじりをしてくる周りの芸人に対して「こいつらは高卒だからこんなつまらないことを言うんだ」と学歴コンプレックスに満ちた文句を心の内で呟くという完全に倒錯した状態に陥っていました。

 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


ネタでさしたる結果が出ていないのに、自分勝手に評価のされ方を選定しようなんて虫のいい話はないでしょう。元力士のコンビとトークコーナーで会ったら、そりゃ誰だって「つっぱりしてみてよ」と言いますよ。小沢健二さんは私と同じ東大文学部の出身ですが、彼に「なんで東大を出て音楽なんてやってるの?」と言う人はもはやいないでしょう。

プロとしてデビューしてから3年ほど経ち、駆け出しの頃に抱えた「東大東大うるせーよ」という気持ちはいつの間にか霧散しました。東大は使い勝手のいい名刺になってくれるなあと思い始めたのも理由の一つですが、「東大は芸人として成功した時のドラに過ぎず、それだけではどこへも連れて行ってくれない」と一種の諦念を抱き始めたのが大きいです。

ドラとは、麻雀のドラです。麻雀は役という特定の組み合わせを満たすことでアガりを目指すゲームなのですが、アガった時に手牌にドラが含まれていると、得点が加算されるという仕組みがあります。しかしドラは役ではないため、それだけではアガることができないのです。

 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


2015年にM-1グランプリが復活して以来、お笑い界はネタ偏重時代へ突き進んでいきました。兎にも角にもネタが大事で、どれだけ劇場で人気があっても、賞レースの決勝に進出していないとメディアへの進出も叶わないという、かつての一発屋芸人ブームの揺り戻しとも思える状況が生まれました。

つまり、無尽蔵がどんなに東大でも(どんなに東大でも?)、賞レースで最低限の結果を出していなかったら、テレビ局への通行証を手にできないと気付いたのです。ストレッチーズは両者が慶應義塾大学の出身である高学歴コンビですが、『Qさま!!』への出演を果たしたのは2022年に『ツギクル芸人グランプリ』で優勝してからのことでした。ですから、我々が東大の恩恵に預かろうと思っても、結局はネタを相当頑張るしかないのです。

とはいえ、ドラはありがたいです。ドラのない芸人がほとんどですから。このコラム連載にしたってそうで、無尽蔵がM-1グランプリの準々決勝進出ごときの結果で(あえて自虐的に言いましたが、準々決勝にいくのも本当は大変です)執筆のお仕事を貰えたのは、その人選に東大が説得力を付与しているからに他ならないでしょう。

この先、東大は我々にとって武器となるのか足枷となるのかは分かりません。東大のゲタのおかげで実力に見合った仕事を貰えることもあるでしょうし、逆に分不相応な仕事をして恥をかくこともありえます。こんなに悩むくらいなら東大になんて入らなきゃよかった…とは全く思えないのが、私の器が小さい俗物たるゆえんでしょう。

 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

■恵比寿 大龍軒(撮影協力)
住所:東京都渋谷区恵比寿南2-3-15 インペリアルビル1F
営業時間:11:00 - 21:30
電話番号:03-5725-1030

<第2回に続く>

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