25歳で女性が定年を迎えた時代。男性は30歳独身だと気持ち悪がられ…「昭和のトンデモ」と「令和で失われたもの」【書評】
公開日:2025/5/19

「昭和100年」にあたる今年は、メディアでも盛んに「昭和」を懐かしむ企画が放映されている。若い世代にも風景やアイテムが「レトロかわいい」と人気だったり、当時の風俗や習慣も単純に面白がられたり。「日々豊かになっていく前向きな時代」と昭和を美化した振り返りも多く見かけるもの。だが、リアル昭和世代からしてみると「そんなに昭和は甘くない!」と思う方もいるのではないだろうか。
昨年大きな話題となった宮藤官九郎脚本のドラマ『不適切にもほどがある』では、そんな昭和の「コンプライアンスなし」のトンデモなさが描かれていたが、それもまだ一部分。このほど登場したノンフィクションライター・葛城明彦さんの『不適切な昭和』(中央公論新社)は、昭和という時代がいかに「野蛮で乱暴、いい加減で不潔、不便なところだらけ」でノーコンプライアンスだったかを明らかにする1冊だ。
本書には「社会/暗くて汚かった街」「学校/カオスな、もうひとつの小社会」「家庭と職場/のん気なようで意外と地獄」「交通/ルール無用の世界」「女性/差別もセクハラも放ったらかしだった頃」「メディアと芸能界/規制ユルユル、何でもやり放題」の6つのポイントで、さまざまなネタがコラム形式で紹介されている。「あったあった、こんなの!」とリアル昭和世代が気楽に楽しめるネタもある一方で、「これはヒドい…」とドン引きするネタもあり。きっと平成・令和世代には「とても同じ国とは思えない」ことだろう。
たとえば印象的なのは、強烈な「臭気」の記憶だ。下水道が整っていなかったからトイレはどこも汲み取り式だったし(バキュームカーがよくいた)、列車のトイレにいたっては垂れ流し式。ゴミは川や海にバンバン捨てられて悪臭を放っていたし(おかげでどこもドブ川で、海では赤潮も大量に発生した)、あらゆるところでタバコが吸えたから街はどこもタバコ臭く、おまけにおじさんもポマードくさかった。もはや過去の記憶なので「無臭」で本書を楽しめるのが本当にありがたい(いくら昭和に憧れる若い世代でもこの状況には戻りたくないだろう)。さらに社会意識もだいぶ違って、たとえば30歳の独身男性は気持ち悪がられていたし、女性は25歳で独身だと「いき遅れ」認定(なにせ結婚して会社を辞めるだろうと、女性の定年は25歳という企業もあった)。セクハラも普通だったし、プライバシーも無視で(有名人や芸能人の住所が公開されていた!)、暴力だって当たり前(暴力教師も普通だった)――と、けっこうエゲツない世の中だったのだ。
それでも昭和を懐かしむ声が多いのは確かだ。実際、これだけ昭和のダメポイントをあげている著者にしても「若い時代を過ごすなら昭和がいい」と言い、「日々の生活にゆとりがあって、将来への不安も少なく、気楽な時代」だったと評する。おかしなもので、世の中が進化して便利になって余裕ができたはずなのに、今の私たちは「コンプライアンス」できりきりと締め付けられたり、SNSに追いたてられたり、なぜか余裕をどんどん失っていく一方。だからこそ、昭和のなんでもありの「おおらかさ」が輝いて見えるし、ちょっとくらい乱暴でも憧れる人がいるのだろう。一体私たちの社会から何が失われてしまったのか――昭和のトンデモなさに失笑しつつ、そんなこともつい考えてしまう1冊だ。
文=荒井理恵
※葛城氏の「葛」は旧規格の字形が正式表記です