川谷絵音のエッセイ連載「持っている人」/第5回「ごめんなさい」

小説・エッセイ

公開日:2025/5/17

 課長が予約してくれたレコードバーに移動し、世界に3000枚しかないYes(僕と課長が大好きなバンド)の新しいリマスターレコードを聴いて心躍らせていたその時、小原晩さんは現れた。話していてもずっと低姿勢な方で、「私も一度飲みたかったんです」なんてことまで言ってくれて、なんて良い人なんだ、と心底今日メールして良かったなと思った。エッセイの中でも垣間見えたファニーな部分やお茶目な表情、全てが素敵だった。お酒もだいぶ進み、何気ない話をしながらしっぽりしていた時、竜人が小原さんに言った。

「今日みたいなこんな何気ない飲み会も面白く書いてくれるんでしょー?」

 小原さんが来る前に僕が竜人に言った言葉だった。言うタイミングは絶対に今ではないだろうと思ったが、小原さんがこのしっぽり飲み会をどんな視点で見ているのかは気になっていた。
すると、小原さんは竜人の方を見て口を開いた。

「エッセイ舐めんなよ!!」

 ハッとするような大声だった。ボケの要素も含んだ言い方ではあったが、一瞬空気が別の温度になったのを鮮明に覚えている。ふんわりとした温かい空気のレコードバーに突如冷たい突風が吹き、僕の背筋は凍っていた。他のメンバーも同じ状態に見えた。竜人は一瞬たじろいでいたが、すぐに場は冗談めいた雰囲気になり、飲み会が楽しい空気を取り戻すのに時間はかからなかった。なんなら小原さんも爆笑していた。
しかしその中で僕は1人取り残されていた。僕の心の中でガヤガヤと言葉が行き交う。

 竜人マジごめん……。てか自分で言わなくて良かった……。もし自分が「エッセイ舐めんなよ!!」なんて小原さんに言われたら泣く。竜人で良かった……。いや、嘘です、竜人本当にごめん。あと小原さん、それ言ったの僕なんす……。エッセイ舐めてはないんです、ごめんなさい。ああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい×10000。いや、でもあんなタイミングで僕は言いませんよ?直接あんな風に言ったらイジってるように感じちゃうし、僕の場合はリスペクトを込めた言葉だったわけだし……。竜人が勝手に言ったんだもんね?僕は悪くないですよね?

 そんな最低な心の声が聞こえた瞬間、僕はそっと心の扉を閉めた。竜人、ごめん。そして小原さんすみません。また飲んでください。

 そして重版、ありがとう。これからも何気なくない日があれば、書きます。持っている人なんだから。

P.S.
後日小原さんに「また飲みたいです!」と連絡したら「とっても楽しかったです!またお願いします!」と返ってきました。なんてお優しい。一生ついて行きます!

<第6回に続く>

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川谷絵音(かわたに・えのん)

日本のボーカリスト、ギタリスト、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー。1988年、長崎県出身。「indigo la End」「ゲスの極み乙女」「ジェニーハイ」「ichikoro」「礼賛」のバンド5グループを掛け持ちしながら、ソロプロジェクト「独特な人」「美的計画」、休日課長率いるバンドDADARAYのプロデュース、アーティストへの楽曲提供やドラマの劇伴などのプロジェクトを行っている。