東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第3回(野尻)「お笑いはスポーツじゃないから好きだったのに、スポーツになってしまった」

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公開日:2025/5/22

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第3回は野尻回。

第3回(野尻)「お笑いはスポーツじゃないから好きだったのに、スポーツになってしまった」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。『尽き無い思考』も早いものでもう第3回。芸人をやりながらコラム連載を持つという男の夢を叶えた私は、カルチャーの庇護者と呼ぶに相応しい人間でしょう。「コラムの〆切がやばいわ」と言って後輩との飲み会を抜け出す時に感じるエクスタシーは計り知れません。

【写真】町中華と無尽蔵
【写真】町中華と無尽蔵 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


去る5月16日、私は吉本興業が主催するお笑いコンクール『UNDER5 AWARD 2025』の3回戦に出場していました。その帰り道、私はあることに気付いたのです。それは、全部で4つの賞レースの「結果待ち」を同時にしている状況に自らがあるということ。具体的に言えば、上述の『UNDER5 AWARD 2025』の3回戦、『ダブルインパクト』の2回戦、『ツギクル芸人グランプリ』の予選会、そして『ABCお笑いグランプリ』の動画審査です。

これら全ての合否を留保された私の心はこの上なく宙ぶらりんで、厭戦気分がふつふつと湧いてきました。いつからお笑い界は、芸人同士を戦わせる扇情的なショーをここまで愛好するようになったのでしょうか。時に戦いがあることは承知の上で芸人になりましたが、ここまで戦う予定はありませんでした。

2020年代のお笑いブームは賞レースと深く結びついて腫れぼったく拡大していきました。芸人が恣意的な審査で弄ばれる血なまぐさいショーへの注目度は日に日に増しています。熟練の芸人の間に優劣は本来なく、点数という形でネタの価値を定量的に示そうとすることは本来野暮であるという考えは、時代遅れの美辞麗句に成り下がったと感じます。

 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


賞レース及びそれに関連する番組内では戦いに挑む芸人の聡明さと勇敢さが強調され、クリエイターとアスリートのハイブリッドのような印象を与える芸人は、特別な尊敬を集めるようになりました。その結果、ウケ量や拍手笑いといった芸人だけが楽屋で気にすればいい指標を観客までもが内面化するようになり、会場にいる誰よりも自由にお笑いを楽しむことが許されていたはずの観客は拍手笑いの発生をトリプルアクセルの成功のように歓迎し、芸人と一緒にウケ量レポートを血眼になって見つめます。

芸人だって負けるのは嫌なので、意図的に拍手笑いを惹起するような仕掛けやおどかしをネタに盛り込もうと心を砕くようになり、品のないガラパゴスな「賞レース用」のネタ作りが先鋭化してしまうのです。

いつからこんなにお笑いはスポーツのようになったのでしょう。もちろん昔からお笑い界には他者を蹴落として世の中に出なくてはいけないというシビアな面はあったでしょうが、少なくとも私が芸人を目指した10年前は、日常の隙間を彩るファニーな大衆演芸の顔をお笑いは保っていた気がします。スポーツをやることも見ることも苦手だった私は、スポーツのシリアスさから程遠いふざけたお笑い番組に心を救われ、その世界に憧れを抱いたはずなのです。

 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


もうこれ以上戦いたくないです。賞レースの多さに芸人たちは辟易しています。勝負ネタだってそんなにたくさん無いんですよ。大学の教員が「学生は他にも授業を取っている」ことを意識せず、大量の課題を出してしまうことがありますが、そういった誤謬に各賞レースも陥っているように思います。こっちはたくさん出てるんですよ。そんなに嫌なら賞レースに出なければいいと言われますが、チャンスが減るのも嫌じゃないですか。出るからにはちゃんとやりますし。

たしかにコンクールは大切で、アカデミー賞にしてもグラミー賞にしても芥川賞にしても業界の伸長に重要な役割を演じます。しかし、「賞レースにしないとネタなんか見てもらえない」という諦念すら感じさせるお笑い界の賞レース乱立の流れは、個人の嗜好に依るお笑い鑑賞の豊かさが痩せ細り、観客を審査員の下す勝敗ぬきではお笑いを楽しめない権威主義に陥らせる危険性があります。

お笑いブームは、お笑いが流行っていない時に芸人たちが実直に積み上げたものの上に立っています。昨今の賞レースの乱立はその積み上げを食い荒らしているかのようで、お笑いブームを単なるバブルで終わらせる即物的なやり方ではないかと私は危惧しています。

 撮影=booro/撮影協力=恵比寿 大龍軒


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

■恵比寿 大龍軒(撮影協力)
住所:東京都渋谷区恵比寿南2-3-15 インペリアルビル1F
営業時間:11:00‐22:00
電話番号:03-5725-1030

<第4回に続く>

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