脳の腫瘍が破裂し「変わってしまった父」。そんな父と向き合いきれなくて。介護する家族の心情を丁寧に綴ったノンフィクション『家族を忘れた父親との23年間』【書評】

マンガ

公開日:2025/5/28

家族を忘れた父親との23年間』(吉田いらこ/KADOKAWA)は、ある日を境に“父親”が少しずつ崩れていく過程と、その変化に向き合い続けた家族の姿を赤裸々に描いたノンフィクション作品だ。

 物語の主人公は、高校1年生のエミ。彼女は両親と妹と共に平穏に暮らしていた。しかし彼女の父・ヒロシは脳にできた腫瘍が破裂した影響で、半身まひや失語症の障害を負い、家族の顔すらわからなくなってしまう。

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 それまで平穏だった家族の日常は一変。混乱のなかで、エミと母、妹は「変わってしまった父」と共に暮らし始めるが、そこには想像を超える苦しさと切なさが待っていた。

 誰よりも頼りにしていた父。その父がまるで別人のようになってしまったとき、その現実をどう受け止めればいいのだろうか。

 父は時に怒りっぽく、時に子どものように不機嫌にふるまい、やがては「こんなところに連れてこられて」と独り言をつぶやきながら家を出ようとするようになる。家族として共に生きてきたはずなのに、その距離は少しずつ遠のいていく。

 印象的なのは父が亡くなった後、エミの母がぽつりとこぼした「私が介護で疲れきって鬼になる前でよかった」という言葉だ。優しかった夫の人格が変わっていく日々の中で、葛藤とやるせなさを抱えるだろうに、それでもなお寄り添おうとする母。そこには深い愛情と痛みがにじんでいる。

 本作は、“忘れられる側の家族”の視点から綴られる、喪失と再生の物語だ。登場するのは、特別な人たちではない。どこにでもいるありふれた家族。だからこそ彼らに降りかかる現実が、自分自身の物語と重なる瞬間が幾度となく訪れる。

 静かに綴られていく23年間は、温かさと強さを内包している。大切な人とどう向き合い続けるか。本作を通して、その問いに真正面から向き合ってみてほしい。

文=ネゴト / すずかん

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