「本に救われたから、生半可な気持ちで本は書けない」YouTubeの動画投稿とは異なる覚悟で、全てを注いだ自身初のエッセイ【詩織 インタビュー】
公開日:2025/6/10
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年6月号からの転載です。
自分の“好き”を大切にしてよいのだと活動を通して気づくことができました
「新卒で入った会社を一年足らずで辞めてニートをしていたとき、友達への“生存報告”の意味も込めた動画を投稿しはじめたんです。それがこんなにたくさんの方に観ていただけるようになるなんて、信じられないくらいです」
控えめな口調でそう語るのは、ひとり飲みやひとり旅などのソロ活動画を中心にアップするYouTuber・詩織さんだ。チャンネル登録者数はいまや約40万人に昇る。
「私の何気ない動画を、本当にそんな数の人たちが観てくれているの!?といつも半信半疑です(笑)。この数字は幻なんじゃないかと。そんな調子なので、数字のために何かをすることはないんです。大切にしているのは、私自身が楽しむこと。やりたいと思ったこと、食べたいと思ったものを動画にしています。ただ、本を出すことが決まって反響をいただき、『いつの間にかそれだけ大勢の人から愛してもらえるようになったのかもしれない』とじわじわ実感し、ありがたく思いました」
初の著書となる『それなら、それで』は自身のことを柔らかな文体で綴ったエッセイだ。
「これまで、自分を全面に押し出すようなファンブックや写真集のようなものは、オファーをいただいてもピンとこなかったんです。普段の動画では自分の見たものや感じたものを届けているので、“自分”だけを主体にするのには違和感があって……。一方で自分の視点からさまざまなことを綴る読み物であれば、挑戦したいと思いました」
詩織さんは大の読書好き。学生時代には江國香織さんや吉本ばななさん、西加奈子さんなどの本をひたすら読んでいたという。
「読書が好きで救われた経験もあるからこそ、生半可な気持ちでは取り組めない。気軽に視聴できるYouTubeと違い、本は“手に取って読む”という労力が必要ですよね。それならばこちらも、これまで語ってこなかったようなことも含めて、すべてを注ぎ切ったものを届けたいと思いました。胸の内などを赤裸々に伝えることは怖くもありましたが、本という機会だからこそ、過去のことにも誠心誠意向き合い、記すことができた気がします」
詩織さんの文章の根底にあるのは、やさしさだ。それは他者にはもちろん、自分自身にも向けられている。不器用で生きづらさを感じた学生時代を経て、詩織さんは「自分を愛すること」の大切さに気づいたのだろう。その姿勢は動画にも表れている。
「昔は周りに合わせられない自分のことが嫌いでした。でもこうした活動を通して、自分の気持ちを大切にしてよいということがより実感できた気がします。好きなことを“好き”と表明すると、共感してくれる人が自然と集まってくる。女性のひとり飲みも、少し前は変わった目で見られていましたよね。でも私はそれが好きだし、気にせず貫いていたら、『実は私も好きなんです』と同調してくれる人たちが増えていきました。“好き”という軸を持つことで、生きやすくもなったんです」
今後の目標を尋ねてみると、「恩返しです」と一言。
「本を一冊書いてみて、自分は人に恵まれてきたんだなと気づかされました。両親、友人、視聴者さん、そういった人たちに対して、感謝の気持ちを返していきたい。具体的になにができるのかは考え中なんですけど、簡単には死ねないぞ、と思っています(笑)」
取材・文=イガラシダイ

しおり●すこやか系エンターテイナー。YouTubeチャンネル〈しおりのなんとなく日常〉を運営し、強靭な胃袋を相棒に、ソロ活を極めている。築40年の和室での暮らしや、ファミレスでのひとり飲み動画などで人気を博す。「完成した本を、おばあちゃんになってから読み返すのが楽しみ。旅話をメインにした2作目の本も、いつか書いてみたいです」(詩織)

食べること、旅をすることは、人になにをもたらすのか——。“ひとり時間”を楽しむ著者が自らのルーツを絡めながら、“食”や“旅”を通して、生きることを見つめるエッセイ集。ゆるくやさしく、余白を持って過ごすことの魅力が詰まった一冊。