東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第5回(野尻)「『吉本に行けば食える』というのは本当か?」
公開日:2025/6/5

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第5回は野尻回。
第5回(野尻)「『吉本に行けば食える』というのは本当か?」
こんにちは。無尽蔵の野尻です。第3回と第4回では、コンビ揃って「バトルはお笑いの本質ではない」という旨の、現代の若手ライブシーンに冷や水をかけるような議論を展開しました。若手のくせにバトルから逃げるなと返り血まみれの先輩からご鞭撻を頂戴することもありますが、あなたが若手の時、こんなにバトルなかったと思うよ。
私は東京大学落語研究会でお笑いを始め、現在はプロで活動をしている「大学お笑い」出身の芸人です。そういった出自のせいか、プロの門を叩かんとする若人の姿を周りでよく目にします。
コロナ禍以降、NSCへの入学を希望する学生芸人の割合がどんどん高まっているように感じます。テレビで所属芸人が「吉本はギャラが安い」と冗談めかしたネガティブキャンペーンを行い、闇営業問題によって世間からの不信感を集めていた2010年代の吉本興業を考えると、随分状況は変わったように思います。

もともと大学お笑いはオルタナティブな芸風が特徴で、非吉本のライブシーンと界隈が近かったということもあり、吉本興業との親和性はあまり高くなかったと思います(私より上の世代の大学お笑い出身芸人である真空ジェシカ、サツマカワRPG、ストレッチーズ、さすらいラビー、ラランド、ラパルフェ、十九人などはみんな非吉本芸人です)。
コロナ禍に端を発する配信ビシネスの伸長によって「どうやら吉本に入ればライブで食えるようになるらしい」という風潮が学生の間で広がり、非吉本の事務所でプロになった先輩から「俺ら、吉本所属だったらとっくに食えてる。絶対吉本行ったほうがいいよ」と冗談なのかマジなのか分からない自嘲気味のアドバイスを受け、大学お笑い出身の即戦力の多くがNSCになだれ込むというのがここ数年で一般的になりました。
一大勢力である大学お笑いを味方につけた吉本興業のお笑い界におけるヘゲモニーは揺るぎないものとなりましたが、では「吉本に行ったら食える」というのは本当なのでしょうか。結論から言えば、本当だと思います。なぜなら、吉本興業はそもそも戦前の創業以来、劇場を運営して公演を打ち、それを見に来たお客さんから入場料を取るというビジネスを行う会社だからです。

例えば私が所属しているサンミュージックプロダクションは、1968年に歌手の森田健作さんを第一号のタレントとして設立された芸能事務所で、70年代から80年代にかけて桜田淳子さんや松田聖子さんなどのアイドルを数多くマネジメントしてきました。サンミュージックがお笑い業界に参入するのには1993年まで待たねばなりません。お笑いタレントのマネジメントはサンミュージックの一部門に過ぎず、さらにその枝葉であるお笑いライブによって芸人を食わせようなどということは、根本的に事業に含まれていません。
「売れたら面倒を見る」というスタンスが非吉本のお笑い事務所では一般的なのに対し、自社運営の劇場を全国に展開する吉本興業からすればテレビタレントのマネジメントこそ本来枝葉で、会社の本分は芸人が劇場に立ってお客さんを楽しませることであり、最近話題になった劇場の鎖国政策は会社の利益を希求するうえで至極真っ当なことなのです。
とはいえ、吉本へ入ることを私は後輩に手放しにおすすめしません。吉本帝国の下層民から若くして成り上がるのは宝くじに当たるようなもので、他事務所と比べれば極めて苛烈な競争を強いられることでしょうし、吉本帝国の腹心の芸人となっても、ゴツい首輪をつけられて他事務所ほど小回りのきくDIYな活動は許されないでしょう。
しかし学生芸人の目に触れるのは吉本に行って成功した先輩の姿だけなので、夢と期待に胸を膨らませて吉本への切符を買います。それがたとえ何十万という値段がしても、NSC号自由席の切符は飛ぶように売れます。

世間の人がお笑いを見に行きたいと思ったらまず彼らはルミネtheよしもとへ行きます。ひょうきんな子どもがいたら「吉本に入りなさい」と言います。吉本興業が圧倒的なヘゲモニーを握っている現在のお笑い界にあって、他事務所を選ぶメリットとはなんでしょうか。やはり、自分の好きなようにお笑いができるというところでしょうね。
私は、会社に首輪をつけられて行う活動はお笑いの本質から外れていると考えており、それはある程度インディーズであるべきだと考えています。会場を借りて、来たお客さんを笑わせるだけのことに、一体どんな許可が必要なのでしょう(吉本所属の芸人には、ライブ開催にあたって様々な障壁があるようです)。
豪華な設備が整った劇場がなくとも、東大の学生会館の空き部屋でライブなど勝手にやればいいと知っている私にとっては、どこに杭があるだか分からない、自分でちぎろうと思えば簡単にちぎれそうなゆるく弛んだサンミュージックのリードが性にあっているのです。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
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