お客様は迷える幽霊? スキャンダルで追放された若手俳優は深夜の定食屋で料理修業中【書評】
公開日:2025/7/24

『最後の晩ごはん』(森永あぐり:漫画、椹野道流:原作、くにみつ:キャラクター原案/KADOKAWA)は、一人の青年が飲食店での料理経験を通して心を取り戻していく過程を描いた物語だ。
若手俳優の五十嵐海里は、捏造されたスキャンダルにより芸能活動を休止せざるを得なくなり、世間から姿を消していた。そんな彼がたどり着いたのは、神戸の街の一角にひっそりと佇む深夜営業の定食屋「ばんめし屋」。店主・夏神留二に拾われた海里は、住み込みで働くことになる。
本作がいわゆる“グルメ漫画”や“人情食堂もの”と一線を画すのは、幽霊や付喪神といった不思議な存在が登場する点にある。ただし、それらの存在は決して奇をてらうための装置ではなく、人の心の奥底に触れるための媒介として描かれている。たとえば、海里が拾った古い眼鏡に宿る付喪神・ロイドは、過去に強く心を残した幽霊たちの記憶に触れる手助けをしてくれる。
海里が「ばんめし屋」を訪れた時から店に現れていた幽霊は、生前に海里が出演していた料理番組を見て調理師を志した若者だった。しかし、ある料理がどうしても上手く作れなかったことから深く思い悩み、命を絶ってしまったという。その未練を知った海里は、彼が作りたかった一品を再現し、彼の心残りを浄化しようと奮闘する。挫折と喪失を経験している海里だからこそ、そっと寄り添うことができた。
海里の行動は、単なる供養や善意の枠には収まらない。誰かのために心を込めて料理を作ることが相手の心を救うだけでなく、傷付いた自分自身にも癒しをもたらしていく。不思議な存在が彩る物語だが、その根底には人と人とが向き合うための優しい眼差しが描かれている。
日々の暮らしの中で少し立ち止まりたくなったとき、この物語を手に取ってみてほしい。きっと美味しい晩ごはんを食べたときのような、ほっとする読後感をもたらしてくれるだろう。