毎日のように目にするようになった詐欺被害や悪徳商法のニュース。私たちの身近にはそういった悪行がはびこり、わかっているつもりなのにちょっとした油断を見せたことでお金や大切な資産を奪われてしまうリスクが潜んでいる。

　そんな騙しの手口と回避術を教えてくれるのが『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』（甲斐谷忍：著、夏原武：原案/集英社）だ。甲斐谷忍氏は累計670万部の人気マンガ『LIAR GAME』の作者。原案を担当した夏原武氏は累計850万部の『クロサギ』（小学館）シリーズや『正直不動産』（小学館）の原案も担当しており、騙し騙されの心理戦ストーリーを描かせたらベストコンビといえるふたりが描く本作は、主人公の天才経済学者・加茂洋平が、経済学はもちろん、数学的な理論、心理学要素をも駆使して活躍する痛快な経済エンターテインメントである。

カモってくる悪に完膚なきまで経済制裁を下す天才経済学者

　天平大学の経済学部2年生・名取三咲は、とある出会いから“変人”と噂される教授・加茂洋平のゼミに入ることになる。変人と呼ばれる理由は、まず教室での講義をほとんど行わず、毎回学生たちに妙な課題を残して大学にいることがない。何をしているかというと、「経済学は経済学者に学ぶものではなく社会と庶民に学ぶもの」というポリシーを持っているため、“フィールドワーク”と称して様々な人物や職業になりすまして現場へ行き、はた目からは奇行としか思えない行動をしているからだ。

　そんな加茂だが「カモリズム経済理論」が世界的な評価を受ける天才経済学者なのである。カモリズムとは「カモを見つけて育て、そこからカネをむしりとる」という世間にはびこる悪行を称した言葉。加茂は経済弱者の庶民がカモにされ、搾取される社会で、自らの経済理論を実践し、三咲と自分のゼミ生・高瀬泉水らとともに経済的な問題を解決していく。

　例えば、独居老人のための「便利サービス」として高齢者たちの懐に入り、囲い込み、自宅の売却にまで追い込む非道な手口があった。高齢者たちが納得していれば法律上は特に問題はない。加茂はこれを「初期リスクの低い高収益ビジネス」であると言いながらも「彼らは決定的なミスをおかしている」と不敵な笑みを浮かべ、そしてカモろうとしていた側を、鮮やかに追い込み、逆にカモっていく。

　そして地方創生事業のエピソード。新規プランのプレゼンに、加茂教授の後輩・丹藤が参加していた。先細る地方の未来を憂いて地方創生のためにプランを練る彼に対し、そこには地方創生を喰い物にする悪徳コンサルタント・黒川がいた。加茂の“フィールドワーク”癖が騒ぎ、黒川を駆逐するための“毒”を注入していく……この地方創生編の結末は、特に個人的にスカッとしたのでぜひ読んでいただきたい。

　さらにこのエピソードで語られる、かつてイケイケだったのに今は経済的にひっ迫するアルゼンチンの現状。この解説からは日本の未来を考えさせられる。本作は経済エンターテインメントであり、マンガでわかる「経済の教科書」でもあるのだ。

最新刊ではマッチングアプリと闇バイトに迫る！

　第11巻では、前巻からの続きでマッチングアプリに潜む闇が描かれる。加茂曰く、マッチングアプリはカモられる人間の巣窟。理由は、心理学者・マズローの欲求5段階説をあてはめて考えられる。マズローによれば人間の欲求は5階層に分かれ、ある階層の欲求が充足するとその上の階層の欲求が高まるという。マッチングアプリに登録する人間は、この欲求のうち「生理的欲求」「安全の欲求」は満たされており、愛を求める「社会的欲求」が高まっている状態。つまり衣食と健康に満足しており金銭的余裕もある可能性が高い。そのため「カモれば大金を引っぱれる」ため、狙われる立場になりやすいという。

　物語は、マッチングアプリから思いもよらない問題に発展する。アプリで人探しをしている新入ゼミ生・春木優斗が、出会いの中で「闇バイト」に巻き込まれるのだ。加茂は当然の如く闇バイトの現場に興味をもち“フィールドワーク”として現場へ乗り込んでいく。天才経済学者はこの問題をどのように解決するのか。

　最後に、本作のテーマである「経済」について作中の加茂の言葉から説明する。経済とは、もともと中国の言葉「経世済民」を縮めたものだとか。その意味は「世を経（おさ）め、民の苦しみを済（すく）うこと」。経済の本質的な意味は「カネではなく人を考える」こと、つまり、経済学とは、人を考える学問なのである。だからこそ、加茂は人を知りたいという欲求を我慢しない。経済を知るために、そして誰かを救うために。

　誰もがカモとなりうる現代社会に生きる私たちにとって、自身を守るために知っておくべきこと、学ぶべきことが描かれた必修科目のコミックである。

文＝古林恭