東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第6回(やまぎわ)「芸人という運ゲーを続けるために社会人をやる」
公開日:2025/6/12

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第6回はやまぎわ回。
第6回(やまぎわ)「芸人という運ゲーを続けるために社会人をやる」
このコラムが公開されている頃には無尽蔵の「UNDER5 AWARD決勝進出」「ABCお笑いグランプリ準決勝進出」が発表されていることでしょう。
1つチャンスを失ったと思ったら、また新たなチャンスが舞い込んでくる。こんなに幸運なことはないでしょうが、もはやそこに情緒を感じる時間すらありませんね。芸人・オン・ザ・ラン。

それにしても無尽蔵は相当に「上振れ」を引いているコンビだと思います。
「上振れ」とは、「良い偶然」が偏って発生して、自分の実力以上の結果が得られることです。麻雀なんかでよく使われる用語ですね。
実力以上というと淡白に聞こえてしまうかもしれませんが、プロ1年目でABCお笑いグランプリ準決勝進出、3年目にしてM-1グランプリ準々決勝進出というのは、流石に運の要素も少なからず絡んでいたといって良いでしょう。
前回(第4回)あんな暴れておきながらアレですが、僕は賞レースで勝てても、身を焦がすほど嬉しい気持ちになったことはありません。M-1準々決勝進出したことがわかった瞬間、野尻は「やったあ〜」と言いながら笑顔で床に倒れ込みましたが、僕には到底出来ない芸当です。
それは多分、僕がお笑いという世界に、他のどんな活動よりも「運」が絡んでいると感じているからです。社会人として働いているからこそ、その対比はより鮮明に思えます。
社会人の皆さんは分かると思いますが、基本的に会社員というのは、短期的な「上振れ」や「下振れ」に左右されにくい構造があります。
社会人1年目は試用期間も含めながら比較的達成可能なミッションを与えられます。それを達成したら次のステップへ…というように、着実に成果を上げ評価をされるようなキャリアパスが用意されています。

お笑い界は違います。血気盛んなお笑い芸人蔓延るサファリ、お笑い界ではそうはいきません。
面白いネタがたまたま生まれ、ちょうど相性の良い審査員がいて、お客さんにも刺さった——そんな“たまたま”で人生が変わることがある。
社会人ではせいぜい1年で月給数千円〜数万円上げてくのが精一杯の傍ら、1年で数倍〜数十倍の収入アップだって可能です。
ただし、それは鉄骨渡り上等のとてつもないギャンブル、〜HELL EDGE ROAD〜だということを忘れてはいけません。会社では1年間通しての頑張りを評価してもらえますが、お笑いは常に一発勝負。賞レース予選で噛み散らかすという最悪の乱数を引いてしまえば向こう1年はパァです。
美大生の就活みたいに、作ったネタをポートフォリオにまとめるから、それで俺らを評価してくれよと思う日も少なくありません。
それに芸人は、他人に人生を握られ過ぎてると思います。
審査員である数人の構成作家さんの価値観、その日のお客さんのご機嫌。そういった外部要因が生み出す「結果」が、お笑い芸人の実力そのものとみなされていることは紛れもない事実です。
「他人には縛られない!自分のやりたいことで生きていく!」というモチベーションの芸人は多いと思いますが、実際はそんな芸人の方が他人に人生を縛られ、理不尽な社会の荒波に飲まれているのではないでしょうか。
(なんとなく就活したくないからで芸人になるのはオススメしません。芸人も厳しい社会の一部なのですよ…)

とはいえ、じゃあ「芸人なんて運ゲーやん!クソゲー!」と匙を投げていては、受けられる抽選も受けられません。そんな運ゲー世界を生き抜くために僕が大事にしているマインドセットが2つあります。
1つは、運と実力のバランスを適切に見極めること。人間は、自分に起きた良い偶然を「自分の実力」と勘違いしがちというバイアスを持っているといいます。
成果が出ても、実力だけの成果だと思わず、改善点を探して磨き続ける。そうやって次の「抽選」の当選確率を、10%から20%に上げる努力はできるはずです。
もう1つは短期的な勝ち負けに心揺さぶられないこと。抽選を受ける回数が増えれば増えるほど、確率は収束していきます。自分が面白いという自信があれば、どこかで上振れを引ける日は来るはずです。
どれだけ日々のお笑いそれ自体にモチベーションを見出せて、抽選を受け続けられるかが肝要です。
まだ僕が大学院生だったころ、そんな芸人界の途方もないギャンブルに納得しきれず、就活を始めました。どこかで上振れを引ければ良いですけど、下振れを引き続けて35歳になったら僕に何が残りますか?長男やぞ?
運要素が強い芸人界だからこそ続けることが大事で、続けることが大事なら社会人になって生活をまず安定させた方が良いんじゃないの?というのが僕の理屈です。
就活してた年はまだM-1一回戦落ちでしたからね。あの時はこんなに早く上振れを引けているとは思いもしませんでした。それが嬉しい誤算か、はたまた悲しい誤算なのか――その答えは、まだ出ていません。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane
■恵比寿 大龍軒(撮影協力)
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