東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第7回(野尻)「これからの『チェキ』の話をしよう」

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公開日:2025/6/19

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第7回は野尻回。

第7回(野尻)「これからの『チェキ』の話をしよう」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。

今回で『尽き無い思考』も第7回を数えます。週刊少年ジャンプの連載作品なら、読者からの評判によっては打ち切りが決まりそうな頃ですが、幸いなことにライブの楽屋で何人もの芸人から「コラム読んでるよ」と報告をもらっておりますので、気鋭のカルチャー芸人として振る舞えるかりそめの時間はもう少し続きそうです。

その報告をもらうといつも私は、いけ好かない物書きに堕したと思われるのを恐れて「ありがとうございます。読めない漢字とかないですか?」と切り返すことにしています。俺は芸人だ!

【写真】東大卒の若手お笑いコンビ・無尽蔵
【写真】東大卒の若手お笑いコンビ・無尽蔵 撮影=booro


みなさんは「濡れ手で粟」ということわざを知っていますか?少ない苦労で多くの利益を得ることを言います。

今、若手芸人のライブシーンには観客が好きな芸人のチェキ(インスタントカメラで撮影した写真)を予約・購入できるライブが数多くあります。これは数年前にアイドルのライブから輸入されたマネタイズ方法ですが、アイドルのそれと比べ芸人のチェキ文化はまだあまり世間一般に知られていない印象です。

ファンがそれなりについている芸人なら、一度のチェキライブで一日のバイト代を優に超えるギャラを得ることができるため、しばしば若手芸人の主要な食いぶちとなっています。

経済的な成功に拘泥せず、観客に迎合しない芸の求道者として振る舞うことを「粋」と神聖視する芸人のヤクザ社会では、チェキによる収入は人気にかまけて楽に得た悪銭であるというそしりが向けられることがあります。「芸で得た収入で食えるようにならないと意味がない」とチェキの撮影を拒否する芸人も少なくありません。

 撮影=booro


私がプロの芸人として活動を始めた時には既にライブシーンに芸人のチェキ文化が浸透しておりましたので、いくらかの葛藤の後に私もチェキの撮影を受け入れ、今に至るまで少なくない収入をチェキによってもらっています。

まさに「濡れ手で粟」と言えるこの状況は、芸人の堕落を示すものなのでしょうか。問題は、芸人がファンの心理を理解しないまま、いたずらにチェキを撮り続けている現状にあると私は考えます。

芸人を志すような発信者のマインドを持つ人間は、お布施的に芸人に金を落とそうなどとは夢にも思わないため、チェキを欲しがるファンの消費欲を理解することができません。私だってそうです。しかし、ファンのナイーブさを舐めてはいけないということは心得ております。

小汚い地下芸人の1000円のチェキに1000円の価値が果たしてありましょうか。柳の下にどじょうが一匹、また一匹といるもんだから1000円でチェキを売り続けているその時、ファンに「貸し」を作り続けているような気がするのです。

しょぼい金策の果て、「あなたにこれだけお金を使った」と増長したファンから「私だけの推し芸人」であることを期待されるでしょう。

 撮影=booro


かつてお笑い界で天下を取ることを夢見た若者は、いつのまにか一般社会に通用するネタの面白さよりアイドル的な誠実さを示そうと狭い世界で躍起になる泥沼にはまります。出待ち対応を頑張ったところで、そこはまだマサラタウンなのです。

とはいえ結局のところ芸人は人気商売です。いくらネタが面白くても、華のない芸人がメディアで活躍することは難しいです。チェキ文化はそういったお笑いの原則を適用しているに過ぎないのかもしれません。

しかし新たな笑いの実験場であるはずのライブシーンが純粋な寄席公演でメイクマネーすることに白旗をあげ、人気という資本主義的な尺度によって芸人の「食える・食えない」を決定してしまうというのは、とても残念なことでもあります。華がなくとも圧倒的に面白い芸人をライブシーンが掬えなくなったら、お笑い界の終焉は近そうです。

「芸人がバイトが減らして、ネタ作りに時間を割けるようになったらいい」とチェキライブの主催者は言いますが、どれだけバイトが忙しくてもネタを作るやつは作りますし、そもそもチェキの収入では老後に必要らしい2000万円など貯まらないわけです。チェキに経済的な持続可能性は薄いでしょう。

 撮影=booro


身も蓋もないですが、いくらチェキを撮ろうが面白かったらいいわけです。チェキに目くじらを立てる先輩たちは、自分たちが通った苦労を迂回して成功する後輩が恨めしいのでしょう。昔からチェキがあったら、あなたもやってたと思うよ。

チェキのはらむ問題点や違和感を常に意識しながら、ある程度の金銭的な余裕を武器に自分のお笑いを最短ルートで大成するのが、現代の若手芸人の王道かもしれません。「チェキは全く怖くない。一番恐れるのはこの葛藤がやがて風化してしまわないかということだ」とクラピカのように居直ろうと思います。私は欲張ってチェキも笑いもとるのです。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第8回に続く>

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