東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第8回(やまぎわ)「芸人売れなきゃ罪なのか?」
公開日:2025/6/26

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第8回はやまぎわ回。
第8回(やまぎわ)「芸人売れなきゃ罪なのか?」
UNDER5お疲れ様でした〜。優勝はあなたとネ!おめでとう〜。一本目のネタでツラヌキましたね〜。
にしても、兄弟・シカノシンプ・あなたとネが勝ち進む大会、すごい大会ですね。三者三様。
あなたとネにはこれからイキリ散らかしてほしいものです。サンミュージックに来ないか?
みなさんの思う「芸人のゴール」とはなんでしょうか。例えばそれはM-1優勝かもしれないし、劇場版のアニメ映画のゲスト声優になることかもしれないですね。
おそらく一般的なお笑いファンの皆さんに聞けば、100人中90人は「売れること」だと答えるのではないでしょうか。賞レース優勝も一つのゴールではありつつ、売れるための手段と捉えられているのが一般的でしょう。売れること、どこへ行っても顔がさす売れっ子になることが芸人の最終目標だと。
ただ、僕はそうじゃないのではないかと思っています。これは、別のゴールがあるという話ではなくて、多くの芸人にとって「売れる」はゴールになり得ないんじゃないかということです。

では、なぜ芸人は「売れる」ことを目指すのか。
大きな理由の一つは、やはり生活でしょう。芸人というのは、厳しい生活を強いられている人が多いです。口を開けば「金ねぇわ…」という話。僕が社会人ということもあり、「金あるのになんで芸人やってるの?」と錯誤的な質問をされることもしばしばです。
売れていきなりの一攫千金。その手段がお笑いだったら最高じゃん?という話だと思います。
でも売れて芸人だけで生活できるようになることが、ゴールになり得るのでしょうか?
ある年結果が出て1000万プレーヤーになったとしても、その次の年も1000万プレーヤーを継続できるかは分からないですよね。お笑い界は気まぐれです。売れた後少し下火になり、二の手に頭を悩ませる自分の姿は想像したくありません。
それに「売れる」ことで、人生が幸せなことばかりになる訳ではありません。有名になることで自分の人生をコントロールしにくくもなるでしょう。
自分の意図せぬ方向で注目されたり、TVという大きな舞台装置の中で都合の良い一部品として使い回されることが、果たして芸人の本懐と言えるでしょうか。(それを本懐と言い切れる芸人さんもいるでしょうが、それって会社員とやってること変わらなくないか?と思います)

それでも芸人はなぜ売れることを目指すのか。
正直「芸人は売れなきゃいけないんだ」という大きな構造に組み込まれてしまっている芸人が多いんじゃないかなと思います。
「苦労した結果売れて良かったね」「中高の仲良し同級生が今お笑いで食べてるのエモすぎ涙」といったような、青春漫画的ストーリーのいち登場人物として芸人が置かれてしまっています。
それは自分が望む・望まないに関わらずです。地下の芸人は「売れてない下積み期間」という枠に当てはめられ、そこからのスラムドッグミリオネアを期待されている。
そんな中、芸人だけと言わずとも、バイトや社会人と両立しながら芸人を続け、現状にも喜びを感じている芸人は否定されてしまうのでしょうか?
人間は誰しも「今のままではいけない」という意識を少なからず持っています。「自分はここに止まる人間でない、もっと成長したい」と。そのおかげで人類はこの高度に発展した社会を形成することができました。

終わることない上方向ベクトルの欲求。その時々の「勝ち上がりたい」という渇望、また「勝ち上がってほしい」という期待。短期的な承認欲求と期待の連続が長き人生の方向性を作り上げているように感じられます。
AIの危険性が叫ばれながら開発が止まらないのも、そのような短期的な向上意欲と「今のままではダメだ」という現在否定の積み重ねです。
そう考えると、そもそも芸人にゴールなんて無いのだと思います。どこまで行っても人は不満を覚え、「なにかを変えなければいけない」と思うでしょう。
M-1優勝しても、単独ライブに2万人動員しても、終わらないのが芸人です。
だからこそ、「売れる」こと、「勝つ」ことを目的とし過ぎることは危険な側面を持ち合わせていると思います。日々のお笑いの刹那的な楽しみを否定しているようですし、売れた後も幸せとは限らないのにそれを目的とするのはあまりに虚無的に思われます。
東京のラッパー・ISSUGIの言葉「俺は売れる見込みがないこともやり続けるだけの覚悟がある」という言葉が刺さります。
自分が面白いと思うことを貫き続け、その先にどんな景色が広がるのかは意識せず、なんとなく続けて行くのが、芸人の精神衛生上良いのかもしれません。低い階段をゆっくり上っていきましょう。
少年漫画も序中盤が一番面白いですからね。主人公たちが小さな成長を積み重ねていく時期。短期的な結果に固執せず、振り返って今の時期が一番面白かったなと思えるよう励んでいきたいものです。
■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
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