ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、木内昇『奇のくに風土記』
公開日:2025/7/4
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年8月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
写真=首藤幹夫
木内昇『奇のくに風土記』

実業之日本社 2200円(税込)
●あらすじ●
紀州藩士の息子・十兵衛は、人と接するとうまく言葉が出ず、人よりも草木と語らう日々を送っている。そして師・小原桃洞の下で本草学を学びその才を伸ばしていた。ある日、採取に出かけた山中で天狗(てんぎゃん)と出会ってからというもの、身の周りで妖しいことが起こり始める。それでも草木への思いは絶えることなく……。若き本草学者と、草木や友、恩師との温かな交わりを描く、感動の成長譚。
きうち・のぼり●1967年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2004年、『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年に本誌プラチナ本にも選出された『茗荷谷の猫』は早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。11年、『漂砂のうたう』で直木賞を受賞。その他『万波を翔る』『雪夢往来』など著書多数。
【編集部寸評】

寄り添い、受け容れ、考え続ける
「天狗」とあだ名され、人とうまく馴染めない十兵衛は、草花と語らい、この世ならざる者にも寄り添う。心の芯にあるものを探究する彼は、生(き)のままに生きる草木を知り、受け容れるだけに留まらず、更に踏み込み、それらの佇まいに不思議を感じ、考え続けるのだ。幻想的な情景と十兵衛の生きざまに何度も蒙を啓かれた。本書では十兵衛こと畔田翠山の半生が描かれるが、桃洞先生の教えを受け継いだ十兵衛が遺した紀州本草学は、やがて時代が下り、同じく「天狗」と呼ばれた南方熊楠へと繋がる。
似田貝大介 本誌編集長。編集部に待望の新人がやってきました。常にあたふたしていた当時の私とは違い、落ち着き払った雰囲気を醸しており、心強いです。

「種を超えて睦めば」
人間の世界でなんだか居心地が悪い思いをしている時、やけに樹木や花が美しく見えることはないだろうか。主人公の十兵衛は、人間との付き合いは苦手だが、植物とはみごとに対話ができる。「種を超えて睦めば、きっと風向きはようなる」という師匠の言葉通り、植物と人間の境が曖昧な世界観があまりにも心地よい。もともとすべて一つだった世界を、人間が任意に分類してしまったと思わせられる。人間界のあらゆる分断が可視化される今、まずは美しい植物の声に耳を澄ましたい。
西條弓子 編集部の某後輩が、カラオケでお気持ち強めな絶唱をする私の写真を社内外に共有しているようなのですが、割と盛れているので、良しとします。

深呼吸したくなる
なにかに夢中になっている人に対して、ずっと憧れがある。十兵衛は幼い頃から本草に心を奪われ、人間を遠ざけて山に入っては植物とばかり話しているような人だ。十兵衛の師匠である桃洞は、「この世に生まれて、尽きぬ興味を抱けるものに出会えたことが、この歳になるとしみじみうれしんや」と語る。師の生き方をしっかり受け継いだ十兵衛は、次第に植物を通してまわりの人々と関われるようになっていき、その姿がまたまぶしい。すこやかに伸びゆく緑の香りがしてくる一冊だった。
三村遼子 映画『この夏の星を見る』では、星に魅せられた人々の青春が描かれています。原作者の辻村深月さんと主演の桜田ひよりさんの対談はP136から!

秘められた力を持つ草花に魅せられる
章ごとに季節が移ろい、風の音を感じたり、土の匂いを想像したり、さまざまな風景に出合うことのできる美しい一冊だ。作中に出てくる、みずみずしい草花にも魅せられる。解熱や利尿を促す藤袴、腹下しに効き、さらに塗り薬にも使える雪の舌など、美しいだけではなく、秘めた力まで持っているからだ。「みなそれぞれ与えられた姿を全うしたいと願っておる。それは人も草花も変わらぬ」。人とのつながりを持つようになった十兵衛の成長ぶりと、草花の生命力とを存分に感じられる。
久保田朝子 最近、飲料用のハーブを大量に購入したばかりで、本作を読み、それぞれの植物が持つパワーに興味が深まりました。奥が深そうです!

美しき自然が教えてくれる
幻想的な世界に誘われるように頁をめくると、鮮やかな風景が脳裏に広がり、清らかな空気に包まれる心地がする。十兵衛らと生きる時代は異なれど、語られる言葉は今の人々にも響くものばかりだ。ある時、水に棲むものの分類作業に勤しむ彼に天狗が語る。「己とは異なるものをわかりやすい型にはめようとするじゃろ」「けど、生きとるものは、そう容易く括れんのよ」。十兵衛が慈しむ、美しい自然から見えてくるものがある。本書を読み終えた時、きっと目に映る景色は変わっている。
前田 萌 『マリオカート ワールド』をプレイしました。複数人で行うゲームも楽しいですね。白熱するとカーブを曲がるときに身体も傾かせているようです。

じかに触って、においを嗅いで、草木を感じる
「美(う)っついのう」。作中で十兵衛は草木を見て感嘆を漏らす。蜜柑の木や瑞菜の真白な花。十兵衛の視点を通して、それぞれの植物たちがみなぎる生命力を携え、存在しているのがこちらにまで伝わってくる。「どんな生き物も、ひと括りにして語ることはできんのや」というほどに、彼は子細に植物たちを見て、触って、理解を深めていく。それは次第に、植物だけにとどまらず、彼の周りにいる人々へも意識が向けられていく。〝生きる〟ものたちの瑞々しい美しさを存分に堪能できる作品。
笹渕りり子 植物はとても好きだけど手を出せない。余裕がないと枯らしてしまう……。今いちばん気になる植物はハワイの植物・ティリーフ。いつか欲しい。

本草学者の成長譚
ひたすらに草木を愛し、見つめ、やがて名だたる本草学者になっていく十兵衛。彼は草木との会話は得意である一方で、共に学ぶ塾生とはうまく馴染めず苦悩する。しかし次第に、恩師である桃洞や、志を同じくする良直との出会いを通じて大切なことを学んでいく。「己が思ったことも、為したことも、伝わらぬからというて意味をなさぬというわけではないのでございます」。草木の声に耳を澄まし続ける十兵衛の成長を通じて、人の心の奥にある思いの存在にも気づかされる物語だった。
三条 凪 先月これを書いていた日は「今年初の真夏日」で話題になっていたのに、もはや毎日のように猛暑日目前の気温でもうバテそう。梅雨はどこにいったの……。

「この世に在るのは人ばかりやないさけな」
一見頼りなさげな卯木の茎には、しなやかに風を受け止める役目があり、孤独に一本だけ生える蜜柑の木には歴史が脈々と連なる。利他の精神を持つ者にのみ、静かな優しさを見せる雪の舌など、人付き合いが苦手な主人公は言葉を発さない植物とだけ心を通わせているはずなのに、その草木には人間の在り方が映し出される。普段なかなか目を留める機会のない草木たちから、我々はどれだけのことを学べるのだろう。みずみずしく描かれる植物に、不思議な愛おしさを感じるようになる一冊だ。
重松実歩 「伊佐木」の章が特にお気に入り。この前見た夢は、会社のロッカーが汚すぎて同期に怒られるという内容でした。もっと素敵な夢を見たいものです。

自然と妖しさが溶けあう景色
ページをめくり始めてすぐ、十兵衛は天狗と出会う。そうかこの本では妖とのやり取りが描かれるのだなと思うが、それにしては出会いが淡々としている。十兵衛は温かな師や友のそばで草木をただひたすらに究めんとし、その途中途中で現れる妖しきモノたちにも静かに向き合う。十兵衛にとっては草木も、その傍にある不思議な存在も、等しく「美っつい」自然のことなのであろう。十兵衛の目を通して、紀州の地は豊かな自然と妖しくも心あるモノの入り混じる汽水域として読者の目に映る。
市村晃人 貫禄あるとか初々しくないとか、やたら言われるのですが新卒社員です。ほんとうです。どうぞよろしくお願いいたします。今号がデビュー号です!