“プロレス界の帝王”がリングを降りた日から8年――試合で重傷、リハビリの日々を過ごす髙山善廣を〈物語〉に刻む『NO FEAR』誕生秘話《著者インタビュー》

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公開日:2025/7/4

マスコミの枠を超えた支援――鈴木健.txtの覚悟

――2017年5月4日、髙山選手が試合中に大怪我をします。当時、『ニコニコプロレスチャンネル』のニュース番組「ニコプロ一週間」で、鈴木さんは番組MC、髙山選手はレギュラーコメンテーターという関係でした。あのニュースをどう受け止めましたか?

鈴木:僕はそれまでの人生で、隣に座っていた人がある日突然いなくなるという経験を一度もしたことがなかったんです。ショックとか、悲しいとか、絶望とか、どの言葉も当てはまらないような感覚になりました。言葉を生業としているのに、なんて表現したらいいのかわからない感じでした。だから、TAKAYAMANIAの活動が始まってからは、支援活動をするというのはもう当たり前でしたよね。

――鈴木さんがプロレス会場で募金箱を持って呼びかける姿を何度も拝見して、驚きました。プロレスラーとマスコミの関係を超えたというか。

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鈴木:いい言い方をすれば「超えた」ですけど、悪い言い方をすれば「フライング」です。一介のプロレスマスコミが一プロレスラーのために募金箱を持つなんていうのは、立場を考えたらやすやすとやるようなことじゃない。たぶん、よく思わない人も中にはいると思うんですよ。「マスコミが特定の選手に肩入れしていいのか」とか。だとしても、自分がどう思われるかより、もう1円でも10円でも、髙山さんに対する気持ちを受け取って、髙山さんに送るということのほうが圧倒的に大きかった。

 事故があって以降、行動するにあたって、ひとつ自分の中にあるのは「髙山善廣だったらどう行動するか?」という軸です。髙山さんだったら、自分のために募金してくれたファンの人たち一人ひとりに「ありがとう」って言うだろう。髙山さんはいまそれが言えない状況にある。だったら自分が募金箱を持って立って、本当におこがましいんですけども、髙山さんの代わりに「ありがとうございます」と言おうと思ったんですよね。あそこに立っていたのは僕じゃなくて、髙山善廣なんですよ。

――しかしコロナ禍になって、募金活動が難しくなってしまった。それが本書を執筆するきっかけになったとか。

鈴木:そうですね。募金活動さえできなくなったので、本当に自分はなにもやれないなと。そうなると、書くことしかないですからね。いまから体を鍛えてプロレスのリングに上がるわけにいかないですから。上がったところで、3つのベルトは獲れないです。

――どういう思いで執筆されたんですか?

鈴木:みのるさんがよく言うのは、「時間が経つと人間は忘れるものだ」と。あの事故から丸8年経って、いま9年目に入りました。9年も経つと、やっぱり知らない人たちが出てくるわけですよ。どういう事故があったとか、なぜ募金活動をしているのかとか、もっと言うと、髙山善廣という選手がどういうプロレスラーだったのか、知らない人たちがたくさん出てきます。そういう中で、知ってもらうためのツールにしたかった。

――本書を通して、改めて髙山選手の生き様を知ることができました。

鈴木:今回すごく気をつけたのは、「これはみんな知っているだろう」と切り捨てないということ。ファンは当然知っていることでも、省かずに書くように努めました。この業界にいると、自分が知っていることはみんなが知っていると勘違いしちゃうんですよね。自分が知っているものだから「つまらない」で片づけてしまう。けど、プロレスファンでも入り口は千差万別なので、知っている人のために書くんじゃなくて、知らない人のために書くのが書物じゃないですか。そうこうしている内に、この分厚さ(427ページ)になっちゃったんです。

泣くことは哀れみじゃない――髙山善廣が持つ“力”

――事故の描写も詳細に書かれていて、涙なしには読めませんでした。エンドロールで鈴木みのる選手が募金する人に対して「哀れみは持たないでほしい」とおっしゃっていて、わたしはこの本を読んで泣いてしまったことに罪悪感を抱いたんですよね。これは哀れみなのかもしれない、と……。

鈴木:それは哀れみじゃないと思います。だって、2024年の「TAKAYAMANIA EMPIRE」で車椅子の髙山選手がリングに上がったとき、あれだけの人が泣いたわけじゃないですか。あの人たちはべつに哀れみで泣いたわけじゃない。髙山選手ご本人も泣いていたわけであって、本人の感情が揺さぶられるぐらいの空間だったわけですよね。そこに哀れみなんか、なにひとつなかったと思います。

 この本を読んで泣いていただいたんだったら、僕は逆にありがたい。泣くという現象自体、もうなにかしらの力が作用してるわけであって、それもやっぱり髙山善廣が持っている力なんですよ。みのるさんが言っているのは、単純に「可哀想だ」という見方をしてほしくないと。たぶんご本人が思っていることを代弁したんだと思います。髙山選手はいまも現役プレイヤーだし、引退していないわけですから。引退していない人間に対して、べつに可哀想だなと思う必要もないし。

――あまりにも受け入れがたい現実で、どう向き合えばいいのか……。

鈴木:もちろん「頑張れ」という声はありがたいけども、「頑張れ」と言われる前に、髙山善廣はもう日々頑張ってるわけです。それよりも、ポケットの中にたまたま残っていた1円でもいいから募金をしてほしい。どうしてもお金ってなると、いろんな受け取り方が付随してしまうけれども、髙山善廣がプロレスのリングに上がるための“パーツ”であって、それ以上でもそれ以下でもないと思っています。

 髙山さんはリングに上がっていなくても、この8年間、途切れることなくさまざまな人たちに影響を与え続けてきた。それはもう、プロレスラー以外の何者でもないですよね。実際、日々のリハビリで闘っています。我々の想像では及びもつかない大変さであるのは言うまでもないんですけども、その中で彼は闘っている。リング上だったら対戦相手がいるんでしょうけど、この現状と闘い続けているんですよね。それだったら哀れむ必要なんかまったくないですし、ただただ、我々はプロレス界の帝王がリングに帰ってくるために支援し続ければいいんだと思います。

――奥様の奈津子さん、マネージャーの石原さん、鈴木みのる選手の証言は、本当に生々しくて……。これまで熱心に支援を続けてきた鈴木さんにだからこそ、話してくれたのだと思います。

鈴木:本当にありがたいですよね。思い出すのもつらかったと思います。人の心に刺さるものは、なにかしら書籍として必要じゃないですか。それがなかったら、一般的な事実の羅列に終わっていたと思う。心に刺さるものが出るか出ないかは、取材の勝負でした。結果的に刺さるものになって、やっぱりお三方の話は肝になりましたね。

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