第35回「長崎」和華蘭文化と呼ばれる地の本棚にはどんな本が並んでいるのか? 【あの町の本棚】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/7/12

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年7月号からの転載です。

今回の舞台となる「長崎県」は江戸時代の初期まで、ポルトガルやオランダをはじめとする世界の国々との交易の要となった土地だ。それ故、長崎には異国情緒あふれる雰囲気が現在も漂い、独自に醸成された文化は「和華蘭文化」と呼ばれている。そんな地に根ざす人々の本棚には、一体どんな本が並んでいるのだろうか。

長崎原爆資料館 ミュージアムショップの皆さん

[長崎原爆資料館]
〒852-8117 長崎市平野町7-8 TEL:095-844-1231 HP:https://nabmuseum.jp
被爆の惨状をはじめ、原爆が投下されるに至った経過、および核兵器開発の歴史、平和希求などストーリー性のある展示を行う資料館。原爆の脅威と平和の尊さを伝え、恒久平和を世界に発信している。

『原子雲の下に生きて』
『原子雲の下に生きて』(永井 隆:編/サンパウロアルバ文庫)638円(税込)

原子雲の下で生き残った子どもたちは、どんな光景を目の当たりにしてきたのか。貴重な手記をまとめた、被爆体験記。「子どもの目線で書かれているので当時の状況を想像しやすく、戦争の悲惨さと平和の尊さを深く考えるきっかけとなる一冊だと思います」

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『あの夏の日』
『あの夏の日』(葉 祥明:絵・文、長崎市:編集協力・英訳/自由国民社)1760円(税込)

一瞬ですべてを奪い去った原子爆弾。あの悲惨な出来事を風化させることのないように、後世まで読み継がれていくべき一冊。「葉祥明氏の優しい絵を通して長崎原爆の実相を伝える絵本。日英併記で国内外の子どもから大人まで手に取りやすい本です」

『伊藤明彦の仕事 1 未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記 シナリオ  被爆太郎伝説』
『伊藤明彦の仕事 1 未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記 シナリオ 被爆太郎伝説』(伊藤明彦/水平線)2420円(税込)

私たちは“被爆者”とどのように向き合うべきなのか―。その本質を問いかけるような傑作伝記。「まるでミステリー小説を読むような感じで読み始めると一気に読めます。原爆投下から80年となる今年の8月、NHK総合で本作が原案のドラマ放送が決定しています」

軍艦島デジタルミュージアム ガイド 政次斗志郎さん

[軍艦島デジタルミュージアム]
〒850-0921 長崎市松が枝町5-6 TEL:095-895-5000 HP:https://www.gunkanjima-museum.jp
海底炭鉱の島として栄華を極め、日本の近代化を支えた軍艦島の歴史や人々について、4000枚以上の写真や動画資料を基に紹介している。軍艦島は2015年7月に世界文化遺産として正式登録され国内外から注目を集めている。

『私の軍艦島記 端島に生まれ育ち閉山まで働いた記録』
『私の軍艦島記 端島に生まれ育ち閉山まで働いた記録』(加地英夫/長崎文献社)1760円(税込)

昭和7年生まれの著者が綴る、半生記。時代に翻弄されてきた軍艦島の本当の姿とは。「話題となったドラマ『海に眠るダイヤモンド』の原型といえるような作品。端島に生まれ育ち閉山まで働いた著者が、正確な歴史を背景に生き生きと描写した自分史」

『軍艦島 30号棟 夢幻泡影 1972+2014』
『軍艦島 30号棟 夢幻泡影 1972+2014』(高橋昌嗣/大和書房)2750円(税込)

かつての軍艦島を写したモノクロ写真と現在を切り取ったカラー写真、計99点を収録!「かつて海底炭坑の島として栄えた軍艦島で、下請けの組夫として住み込みで働いた著者が撮影した当時の貴重な記録。人間の営みの機微を捉えた、愛さずにはいられない写真集」

『長崎游学マップ4 軍艦島は⽣きている!』
『長崎游学マップ4 軍艦島は⽣きている!』(⻑崎⽂献社:編、軍艦島研究同好会:監修/⻑崎⽂献社)1100円(税込)

歴史の変遷、知られざる秘密、人々の暮らし……。軍艦島をさまざまな角度から紹介し、その魅力を余すことなく伝える。「軍艦島をまるごと雑学する一冊! 初心者向けではありますが内容は深く、特に元島民の感想などは十分に伝わってきます」

長崎ペンギン水族館 飼育展示課 近藤ゆういさん

[長崎ペンギン水族館]
〒851-0121 長崎市宿町3-16 TEL:095-838-3131 HP:https://penguin-aqua.jp
子どもたちに「自然と人の共生」について考えるきっかけづくりの場となってほしいとの願いを込め、自然を学ぶ施設として建設されたペンギンに特化した水族館。
地球上に生息する18種類のペンギンのうち9種類が飼育されている。

『はぐれイワシの打ち明け話 海の生き物たちのディープでクリエイティブな生態』
『はぐれイワシの打ち明け話 海の生き物たちのディープでクリエイティブな生態』(ビル・フランソワ:著、河合隼雄:訳/光文社)2090円(税込)

海の生き物たちは、みな、魅力的な物語を抱えている。少年時代、イワシに話しかけられたという著者による、心が躍るような海洋エッセイ。「思わず話したくなる衝撃の連続。彼らの生き様は私たちの人生にパラダイムシフトを巻き起こします」

『チ。―地球の運動について―』(全8巻)
『チ。―地球の運動について―』(全8巻)(魚豊/小学館ビッグC)各770円(税込)

 
15世紀のヨーロッパ、そこには禁忌とされてきた“地動説”を研究する者たちがいた。命をかけて信念と向き合う姿を、徹底的に描き切る。「考える必要はありません。“?”に魂を捧げる者の情熱を“ただ”感じてください。心が躍動し、視える世界が一変します」

『ほぼ命がけサメ図鑑』
『ほぼ命がけサメ図鑑』(沼口麻子/講談社)1980円(税込)

“人食いザメ”は存在しない? 世界でただひとりのシャークジャーナリストが、誤解だらけのサメの生態を体当たりレポートする。「百聞は一見に如かず。多数派に妄信されたサメの常識を大きく塗り替えます。昨日までの本当は果たして真実でしょうか」

ひとやすみ書店 店主 城下康明さん

[ひとやすみ書店]
〒850-0873 長崎市諏訪町5-3-301 TEL:095-895-8523 instagram:hitoyasumi_bookstore
観光名所である眼鏡橋のすぐそば、川沿いの道に建つレトロな雰囲気が漂う書店。
本から抜粋した一節が板書された店頭の黒板が目印となっている。喫茶スペースも併設され、本と共に楽しむことができる。

『生きることのはじまり』
『生きることのはじまり』(金 滿里/人々舎)1980円(税込)

首から下が全身麻痺の重度障碍者でありながらも、パフォーマンス集団「態変」を主宰する著者。“生の本質”がここに。「すごいものを読んだ、というのが一読しての感想でした。極限状況にあって、著者が見出した人間観は鋭く、読みながらぐらつきます」

『ちいさなトガリネズミ』
『ちいさなトガリネズミ』(みやこしあきこ/偕成社)1540円(税込)

働き者のトガリネズミの平凡な一日を描く絵本。本当の幸せとはなにか、トガリネズミが教えてくれるはず。「トガリネズミの(現代人から見れば)慎ましい暮らしぶり、愛くるしさと哀愁。読んでいると呼吸が整ってくるようです。細部までいい木炭画」

『ポール・ヴァーゼンの植物標本』
『ポール・ヴァーゼンの植物標本』(ポール・ヴァーゼン、堀江敏幸/リトルモア)2200円(税込)

スイスやフランスの高山で採取された植物標本を95点も収録。美しいまま時を止めた標本の数々にため息がこぼれる。堀江敏幸による書き下ろしも。「風に揺れ陽の光を浴びていた草花の命の鼓動、生の喜びごと保存されているかのよう。見入ってしまいます」

■あの町と本にまつわるアレコレ

 長崎を語るうえで目を逸らしてはいけない出来事がある。1945年8月9日に投下された原爆だ。それによって奪われたのは大勢の人の命だけではない。自然も動物も歴史も、一瞬にして失われてしまった。しかしながら、失ったものを「無かったことにはしない」ように語り継いでいこうと、多くの小説家たちが試みてきた。『遠い山なみの光』(カズオ・イシグロ)、『被爆した長崎医科大へ 神戸から』(鳥居真知子)、『被爆のマリア』(田口ランディ)など、数えればきりがないほどだが、それはつまり、小説家たちが筆の力で悲惨な過去と対峙してきた証左だろう。

 もちろん、それだけではない。長崎には語るべき魅力がたくさんある。たとえば、五島列島を舞台にした『ばらかもん』(ヨシノサツキ)を読めば、島でのゆるい暮らしの豊かさや地元の人のやさしさが感じられるし、『第九の波濤』(草場道輝)からは漁場としての長崎が見えてくる。テレビアニメも大ヒットした『坂道のアポロン』(小玉ユキ)からは、米空母が入港していた当時の佐世保の雰囲気が伝わってくるだろう。

 悲しい歴史を背負いながらも、前を向き、光り輝いている。それが長崎という土地なのだ。

構成・文=イガラシダイ、イラスト=千野エー

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