東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第9回(野尻)「お笑いは結局、陰キャのものか?陽キャのものか?」

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更新日:2025/7/3

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第9回は野尻回。

第9回(野尻)「お笑いは結局、陰キャのものか?陽キャのものか?」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。

賞レースの話題が尽きない季節がお笑い界に到来しました。賞レースに関しまして、私は日頃からニヒルな批判を浴びせて知性をアピールしておりますが、その傍らちゃっかり好成績もおさめるつもりですので、どうかダブルスタンダードをお許しください。教師には不服従でありながら、定期考査では学年トップレベル点数をとる生徒、結局あれがやりたいのですよ。

ところで、私が中高生時代を過ごした2010年代のお笑い界は、空前の「陰キャブーム」であったと感じます。松本人志さんが90年代に著書『遺書』で面白い奴の条件に「ネクラ」を挙げたことに端を発する陰キャブームは、「中学の時にイケてなかった芸人」や「人見知り芸人」などが注目を浴び、『山里亮太の不毛な議論』や『オードリーのオールナイトニッポン』といった「性格の悪さ」を発露させる深夜ラジオが隆盛し、逆に明るく軽薄な芸風のEXITなどのコンビがカウンターとして存在するという状況でした。

【写真】ジャングルジムに上ってみる無尽蔵
【写真】ジャングルジムに上ってみる無尽蔵 撮影=booro


文化祭のように華やかだった00年代のテレビ時代を経て、クラスの中心グループを教室の隅から冷笑するようなネチネチしたお笑いへ政権が移ったのです。そのブームの急先鋒に立っていたウエストランド井口さんはM-1グランプリ2020の2回戦でこう叫びました。

「お笑いは今まで何もいい事なかったヤツの復讐劇なんだよ!」

舞台の上でおどける人間が陰気であることは本来逆説的なはずですが、昨今の芸人の高学歴ブームも相まって、お笑いは脳みそをこねくり回して作られる緻密で内省的なものというイメージが根強くなりつつあります。運動部から文化部へ。身体から台本へ。大声から大喜利へ。

高校生が面白さを競い合う『ハイスクールマンザイ』にはなんとなく運動部のイメージがありますが、近年では大喜利界隈を下敷きにした新機軸の「高校生お笑い」界隈が都内で勃興しているようで、彼らは『ハイスクールマンザイ』をシャバいと言うことまであるそうです。

 撮影=booro


しかし「陰キャ売り」をしてきた芸人たちには、本当は分かっているけど言わないことがあります。それは「本当の陰キャにお笑いは難しい」ということです。

お笑いをやってみると分かりますが、ネタのウケは台本の巧拙よりむしろ声の大きさや表情管理などのフィジカルな部分によるところが圧倒的に大きいです。大喜利界隈から借りてきたような口調で喋る、人と目が合わせられない痩せた猫背の若者にそれは大きなハードルとなりますが、昨今お笑いの養成所に入りたがるのはそういう子が多いと感じます。

しかし君たちの好きな真空ジェシカ川北さんも結局は運動部出身で、驚異的な粘り強さを持って自らのお笑いを貫き大成し、画面越しでは分かりづらいですが明瞭で聞きやすい大声を発することが当然できます。

連載第三回で私は賞レースへの過度な拘泥を批判する文脈で「お笑いはスポーツじゃないはずだ」と言いましたが、コンマ数秒の間(ま)のズレが失敗に直結する緊張感の中で洗練された肉体の動きが求められるお笑いは、そういえば大昔からスポーツでした。創作なんかじゃない。汗をたくさんかくスポーツでした。

お笑いは結局のところ大衆演芸ですので、自分と社会的な属性が違う人々に笑ってもらう必要があります。自分と好きな芸人が同じ友達を笑わせることなど簡単ですが、住む場所も年齢も性別も異なるお客さんに受け入れてもらえるだけの公共性が芸人には必要なのです。となれば人とうまく関われる「1軍」的な社交性を持った人間が有利でしょうし、そもそもあの「人見知り芸人」だって本当に人と話せなかったわけないじゃん。

 撮影=booro


お笑いは陰キャのものでしょうか、陽キャのものでしょうか。結論から言うとお笑いはその次元にいません。陰キャでも陽キャでもないやつのものです。お笑いは、常に進歩的で社会に対して新たな価値を提示することが求められる演芸です。

物事の新たな面白がり方が、お笑いからコメディドラマへ、次にYouTuberへ、そして最終的に市井の人へ滴下していくのです。そういうフロンティアにお笑いはいる必要があるわけです。本来多面的な存在であるはずのパーソナリティを出来合いの陰キャ/陽キャの鋳型に当てはめて、何となく楽に生きようとする態度がそもそも、お笑いに向いていないのです。

陰キャと陽キャ、大衆性と斬新さ、テレビとライブ、メジャーとアングラ、主観と客観、不敵と謙虚、豪快と繊細、サービス精神と自分勝手さ、面白いものと面白くないもの…芸人はあらゆる相剋する二項の狭間で揺蕩い、清濁を併せ呑んで世の中へ新たな価値を吐き出す職業なのです。ですので、お笑いはその深遠さに挑まんとする酔狂さと大胆さを兼ね備えた求道者のものであるとしか言いようがありません。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第10回に続く>

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