東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第10回(やまぎわ)「お笑い芸人と努力」
公開日:2025/7/10

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝まで進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第10回はやまぎわ回。
第10回(やまぎわ)「お笑い芸人と努力」
お疲れ様です。最近芸人の解散ニュースが続きますね…。各々の決断ですから、僕に言えることは何もありませんが、続けることの難しさが身に沁みるようです。
お笑いファンの皆さんは芸人にどれくらい努力をして欲しいですか?
もちろん怠けてばかりの芸人よりは、日々努力している芸人の方が、応援しがいがあるし報われてほしいですよね。
努力というのは、僕らの人生に一生付きまとう問題でしょう。
掴まり立ちをしたり、固い物を食べたり、そういった生きるに最低限のことは生物の本能で自然とできるようになっていきます。ただある時点から、「勉強頑張りなさい」「習い事頑張りなさい」と、理性の力で努力することを求められます。
子供たちは「遊びたい」「自分の自由にしたい」という気持ちと努力の狭間で葛藤し、努力をすれば「頑張ったね」と褒められる。

受験勉強はその典型と言えるでしょう。なまじ僕も東京大学出身ですから、高三の夏休みの勉強時間を聞かれ、「1日12時間程度だった」と答えると、尊敬とも畏怖ともドン引きとも捉えられる表情を向けられ、「やっぱり凄いんだね」と褒められます。
人生とは怠惰と努力の狭間で揺れ動き、その時々で努力を選択できた人が尊ばれる風潮があります。少年漫画を読んでいると、本当に身につまされますよね。
では、芸人における「努力」とは何なのでしょうか。
お笑いライブに出ている時間は一番分かりやすい「努力」とみなせるでしょう。コアなお笑いファンの皆様は、地下ライブで切磋琢磨する芸人の姿を見ているからこそ、賞レースを勝ち進んだ時カタルシスを感じることができます。
お笑いライブ以外の時間においてはどうでしょうか。ライブ以外での努力、これは本当に難しい問題です。他の職業に比べ芸人は、非常に努力をしづらい環境に置かれていると感じます。
一つは時間的拘束の観点です。
社会人はそもそも時間的な拘束が大きいですよね。1日8時間×5日、またはそれ以上の時間、自らに課せられた義務と向き合います。自分が努力と思おうが思うまいが、その仕事と向き合いこなしていれば、自然とある程度は熟達し、仕事を進めるのが上手くなっていくでしょう。「ある程度手法が固定化されている」のが仕事の特徴なので、勉強と同様努力の仕方も分かりやすいと思います。

一方、駆け出しの芸人はせいぜい2時間のライブを月10回、月20時間の拘束が関の山です。少し名の知れた僕たちでも、月25本で約50時間程度しかライブに時間をかけられません。
「明日から芸人になるぞ!」と意気揚々とこの世界へ飛び込んできた若者は思うでしょう。「やれることがなさすぎる」と。
若手芸人は生活における「芸人」の時間が10%いけば良い方です。そもそも「芸人」は金銭的に日々の生活を全く支えませんから、結局アルバイトなど働くことが生活のメインとなってしまいます。
ある程度の人気を得るまで、芸人の人生における「芸人」はどこまでも「サブ」であり、若手芸人はそのギャップに苦しみます。
そしてもう一つは、「誰にも芸人をやってくれと頼まれてない」ことです。すなわち、芸人をやることには何の義務もないということです。
事務所に所属したとしても、そこに会社のような雇用契約は発生しておらず、何もしなくても最悪大丈夫です。強制圧がないので、努力ができるかは完全に自分次第です。
そんなこんなで、芸人には努力をしづらい環境要因が揃っています。そんな中でも芸人という道を選んだ若者はもがき、様々なアクションを取っています。

ある者はYouTubeを撮ったり、ある者は面白いアイデアをツイート(現ポスト)として形にしたり(それを努力と呼ばれることを忌避する芸人は多いと思いますが…)。自ら「芸人における努力」を定義し、お笑いファンの方々の目に触れさせる。
努力礼賛の風潮は日本に根強いので、そのようなアクションを取っている姿を見せることは、お笑いファンにとっても好意的に映るでしょう。
ただ、芸人を生きる上ではもう一つのスタンスがあって、そっちを僕は気に入ってます。
それは、好きに生きるということです。
僕は芸人の努力を強要されないところを気に入っています。日常の中で自分が面白いと思ったこと、楽しいと思ったことがあれば、その時それを形にすれば良いのです。努力も僕らがしたいからしていることであり、別に褒められるようなことではありません。
さらに芸人は、芸事以外のことも容易に芸事に還元できるという性質があります。ゲームが好きならそれをモチーフにネタを作れば良いし、気の合う芸人友達と遊びに行けばそこで面白いノリも生まれるかもしれません。ちゃんとお客さんにお届けできる物にするにはそれなりのセンスが必要ですが、理論上全ての経験がお笑いに通じます。

お笑いはその人の人となりや経験の発露です。むしろ一日中机に向かってネタを書き続けたり、人のネタだけを見続ける人から生まれるお笑いは、ある種お笑いの模倣となってしまい輝きを失うでしょう。
僕も社会人として色々なことを経験して、分からない「あるある」が分かるようになったり、お笑いにも良いことがあったと自負しています。
なにか面白いことはないかなという視点と、こうなったらどうなるんだろうという好奇心や空想を持ち続けていれば、普通に生きているだけであなたは立派な芸人といえるでしょう。どんな経験を活かすも殺すも自分次第です。
続ければ良いことがあるかもしれませんから、必要以上に努力しなきゃと自分を追い込み過ぎるのではなく、サステナブルに楽しく続けられればと今は思っております。ここぞという時に人より少しだけ努力して、他の芸人を出し抜いていきましょう。
■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。
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