東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第11回(野尻)「『ごめん何て言うのが正解?(笑)』って、それでツッコミのつもりか?」

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公開日:2025/7/17

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第11回は野尻回。

第11回(野尻)「『ごめんなんて言うのが正解?(笑)』って、それでツッコミのつもりか?」


こんにちは。無尽蔵の野尻です。前々回の「お笑いは結局、陰キャのものか?陽キャのものか?」はそのセンセーショナルなタイトルも手伝ってそこそこの反響があったようで、インターネットの対立煽りの生み出すバズの威力に私は少し怯えました。

元運動部の私が(といっても柔道部ですが)、いわゆる陰キャっぽい子たちに厳しい現実を突きつける暴力的な記事になってしまったことを少し後悔する日もありましたが、私は大義なき対立煽りをしようとしたのではなく、あくまでお笑いは一筋縄ではいかないぞとエールを送りたかったのです。

あの記事で語られていたようなことが私からではなく陰キャ側から発信されていたら暴力性は薄かったでしょうに、私に言わせてしまっているのが問題でしょう。まあ勝手に言っているのですが。

【写真】リスクもとらずツッコミ目線でウケようとする人に憤る無尽蔵
【写真】リスクもとらずツッコミ目線でウケようとする人に憤る無尽蔵 撮影=booro


こんな話を聞いたことがあります。ダウンタウンの登場以前、一般人のお笑い観の中に「スベる」という考えはそもそもなかったというのです。お笑いだから面白いのは当たり前で、テレビでは芸人がウケている姿のみが映されるため、手品の失敗をエンタメにしないように、お笑いの失敗を一般の視聴者が意識することはなかったそうです。

しかし、ダウンタウンはその失敗すらも笑いに変えようとしました。大昔から舞台でスベる芸人はもちろんいたでしょうし、そしてその状況を俯瞰した芸人が舞台袖から笑う(「裏笑い」とお笑い用語では言います)ということも当然あったでしょう。そんな漁師しか食べられないまかない飯のごとき「スベりを面白がる」という新感覚の笑いがダウンタウンのバラエティでは強調され、初めて一般人たちは「笑いを取ることにはスベるというリスクが伴う」ということを知ったのです。

80年代以降、テレビ界の長者が歌手や俳優から芸人へ移り変わったことで、市井の人々は日常のコミュニケーションにおいても言動の可笑しさにスター性を見るようになり、バラエティのお笑い的なユーモアを使いこなした会話が重視されるようになりました。

 撮影=booro


では「スベり」概念がそこにインストールされると、どうなるか。はっきり言いますと、ツ高ボ低の状況となるのです。……ツ高ボ低を知らない?ご安心ください、ツ高ボ低は私がたった今作った言葉です。要は、面白いやつと思われるために取る手段として、スベるリスクの伴うボケ行為が避けられ、俯瞰的なローリスクのツッコミ目線が優勢になるということです。それを西高東低に喩えたのです。

90年代に若年期を過ごした人々にはそれが顕著で、ボケることは痛くてサムいというイデオロギーに未だに支配されている気がします。でも面白いとは思われたいから「それ誰が興味あんだよ」と誰もボケてすらいないのに俯瞰のツッコミ目線で笑いを取ろうとする空虚な徒労に腐心します。だって松ちゃんは日常の何気ない部分をツッコんで笑いをとっていたんだもん。

1998年に『現代用語の基礎知識』に初めて収録された「おやじギャグ」という語がありますが、この表現で言及される「おやじ」とは、それ以前の時代を生きた、道化になることにさしたるリスクをみない世代の人なのでしょう。

しかし令和の世にも跋扈するツッコミ目線の一般人が、約30年間気付かずにいることがあります。それは「スベっているということは、面白くないということではない」ということです。ボケがウケるかどうかは客層やフリなどの周りの環境に大きく依存するため、一度スベったからといってそのボケの価値が決定されてはナンセンスです。

 撮影=booro


芸人はこれをよく心得ており、最早「面白くないボケなどない。ボケようとする行為自体が愛おしく、勇敢な営みである」とすら思っている気がします。少なくとも私はそう思っています。ですから、芸人のツッコミは状況から降りません。「腹減ったー、おひたし食いてー」というボケの熱量に合わせて「いやもっとガッツリ食えよ!」と心中しようとします。それがボケた人への敬意であり、単純に役割分担です。

さしたるリスクもとらずツッコミ目線でウケようとする一般人は「どうした急に(笑)」「それ用意してきたの?(笑)」「ごめん何て言うのが正解?(笑)」と言いそうなものですが、それってお笑いを薄めたバラエティの猿真似ですよ。面白いと思われたいなら、リスクを冒してボケなさい!または、友達のボケにツッコミで心中なさい!

そもそも、楽しい会話がお笑いの真似である必要がどこにありましょうか。目の前の草や花について語ることは、退屈なことでしょうか。現代人のコミュニケーションに侵食していったバラエティお笑いの持つ反知性的で暴力的な態度が、あらゆる趣深さを「しょうもない、老人の会話か」「それ何の話やねん」と切り捨て、情緒を解さない軽薄な男が「面白いやつ」とクラスや職場でみなされるのは大変心苦しいです。「スズメがいるね。親子かな」と言うのだって、「ふとんがふっとんだ」と言うのだって、面白いと私は思います。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第12回に続く>

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