泉谷しげる、新人漫画家になる。サイバーパンク漫画『ローリングサンダー』に込めた40年分の想い【インタビュー】
公開日:2025/7/26

歌手、映画美術、俳優、タレントなどマルチに活躍する泉谷しげる氏が、かつて漫画家を目指していたことをご存じだろうか。構想40年のすえ、ついに自身初となる漫画作品『ローリングサンダー』(生きのびるブックス)を発表した泉谷しげる氏に、作品に込めた想いを伺った。
泉谷しげるPROFILE

1948年青森県生まれ、東京都育ち。1971年にアルバム『泉谷しげる登場』でデビューし、1975年に吉田拓郎、井上陽水、小室等、泉谷しげるの4人でフォーライフレコードを設立。1980年に映画『狂い咲きサンダーロード』で美術と音楽を担当し、ブルーリボン美術デザイン賞を受賞。1982年、映画『爆裂都市』で美術監督を務め、役者としても出演。2025年2月、6年ぶりのニューアルバム『シン・セルフカヴァーズ怪物』を発表。
なんでも失敗が始まり。鉛筆で描かれた大ボリュームの物語
――構想40年、ついに発表された『ローリングサンダー』についてお伺いしていきたいと思います。全15章からなる262ページを描きおろされたわけですが、その多くを鉛筆で描かれています。

泉谷 単純に鉛筆を鼻の下に近づけたときの木の匂いが好きなんですよ。それをいつまでも嗅ぐのが子どもの頃からのクセみたいなもんで。グラデーションをつけやすいのも素晴らしいじゃないですか。まさか10Bまであるとは知りませんでしたけどね。最初は4Bで描いてたんですけど、「ちょっと待って、10B鉛筆がある!」なんて驚いて、描き直して。
――お伺いするまで10Bまであるとは知りませんでした。JIS規格だと6Bまでなんですね。
泉谷 ところが、10Bまであったんですよ。まあ、鉛筆で描いたのは、反逆精神があったのかもしれない。というのも、昔の漫画誌は鉛筆で描いた作品は受け付けてくれなかったんです。今は印刷技術が高いから、鉛筆画の評価も高くなってるけど。
――鉛筆による濃淡が、印象的な効果を生み出していました。

泉谷 鉛筆で絵を描いていたら知らないうちにココ(手のひらの外側を指しながら)に鉛筆の粉がついて、原稿が汚れちゃったのもある。「しまった!」と思いつつ原稿を見直したら、「この汚れ、なかなかいいな。よし、擦っちゃえ!」って、なんでも失敗が始まりですよね。もうひとついえば、漫画家の先生方の素晴らしい原稿のようにトーンを貼るのが難しい。やってみたんだけど、下の原稿まで切っちゃったり。
――分かります。
泉谷 それに、トーンの印象が強くなると、いかにも「つくりもの」って感じがするというのかな。原画って、印刷したらもう価値がないとされてしまいがちじゃないですか。だけど、原画が鉛筆とペンだけだったら、1枚で売れるかもしれない。
――原画や複製原稿が売れる方もいらっしゃいますが、確かにそういう方は一握りです。
泉谷 だから、なんとか「原画っていいな」と思わせるやり方はないか、考えたことは確かだね。
愛すべき映画邦題を背景にちりばめて
――表参道で行われた個展「泉谷しげる サイバーパンク展」も見に行きましたが、『ローリングサンダー』の原画が放つパッションがすごかったです。大ゴマもパワフルで。

泉谷 コマで言うと、今回いわゆる見開きは使わず、大ゴマは全て縦にしました。俺らの世代はシネマスコープ(※1)とか70mm(※2)で育ってるけど、今はみんな情報を取るのがスマホからだから、横型は生理的に受け付けないってね。それに、横だとどうしても景色が広がって、視点があちこちにいってしまうけれど、縦だと余計な情報がカットされて没入できる。感情移入しやすいんですよ。
――スマホってつい見いっちゃいますもんね。カップルがお店でごはんを食べているのに、一切会話しないでお互いにスマホを触っていたりすると、ちょっと気になりますけど。
泉谷 たまたま何か調べ物をしていたのかもしれないよ? まあ、見た目がカッコ悪いし、マナー違反ではあるな。俺もガラケーの時代、デート中に携帯出しただけで怒られたもの。それ以来、絶対しない(笑)。だけど、新しいものは大好きで、AIもパソコンも好き。依存はしないけどね。自分が夢中になるのはやっぱり昔のものだな。
――作中には「レトロ映画街」なんて街も出てきて、あのシーンも楽しかったです。

泉谷 映画の街は特に力を入れましたね。背景に60年代、70年代の痺れる映画邦題をちりばめて。そこに『唇からナイフ』って映画のタイトルを描いたんです。「唇からナイフってどんなナイフだよ?」って思うけど、そんなものはひとつも出てこない。ただ、モニカ・ヴィッティってセクシーな女優さんが大好きで、カッコいいんですよ。監督はどよーんとした暗い映画ばかり撮っているジョゼフ・ロージーって人で、「ちょっと明るくてふざけた映画を」と撮った作品なんですけど、慣れてないから間の撮り方とかヘタクソでね。だけど、愛らしい。
――整えられすぎていないものってことですね。
泉谷 そう。雑なんだけど、A級ではない楽しさ。人間さ、全部A級だとしんどいじゃない。
――疲れた夜とかは特にちょうどいい湯加減のヤツが欲しくなります。
泉谷 「今日は『相棒』にしておくか」みたいなのあるじゃん(笑)。そりゃたまには観るよ? A級も。だけど、たいがいはB級。その感覚は自分も常に意識していますね。

※1:映画の上映技術のひとつ。スクリーンの縦横比率が1:2.35と横長なことが特徴。
※2:撮影フィルムの規格のひとつ。従来の35mmフィルムよりも高画質とされ、1:2.20という横長な縦横比を持つ。