泉谷しげる、新人漫画家になる。サイバーパンク漫画『ローリングサンダー』に込めた40年分の想い【インタビュー】
公開日:2025/7/26
最強のヒロインは弱点が見えない普通の子
――主人公は民間軍事会社所属の女性戦闘員ハンドガン・ケイです。地球滅亡のカウントダウンが始まる中、人間とAIの最終決戦が始まるわけですが、作中には彼女のほのかな恋も描かれています。

泉谷 ほのかにね。そして、残酷なシーンはあまり描かないように、ハッピーエンドで終わらせるようにしました。
――その心は?
泉谷 正直、コロナ以降、残酷な表現で人を励ます気にならなくなってね。最初はハンドガン・ケイも、筋骨隆々とした入れ墨だらけの女性を考えていたんですよ。自分が肉体的に強い女性が好きなもんでね。革ジャンを着せて、目もギンギンでって考えてたんだけど、全260ページと聞いて、「入れ墨をいちいち描くのヤダな」って。
――あはは。作画カロリーが上がりますもんね。
泉谷 どういうキャラにしようか悩んでいた頃、テレビから無観客の東京オリンピックが流れてきてね。普通の子にしか見えないスケーターや卓球の選手が、とてつもない記録を出しちゃうわけです。で、インタビューが始まると、てんでお子ちゃまって感じで、「普段はポッキー食べてます」みたいなさ。なんじゃこりゃ!と驚いて、主人公は肉体的にいかにも強そうな人ではなく、普通の子にしようと。だって、あの子たちのどこが弱点で、どこを倒せばいいのか分からないじゃないですか。これが最強かもしれないと思って。
――ヒロイン誕生の陰にそんな逸話があったとは。
泉谷 それからはラクになりました。ヤバそうな敵からはナメてかかられるんだけど強い。最初から何かを主張するでなく、我関せずってスタイル。
フキダシを取り払い文字を絵として扱う
――最先端の都市とアナログの都市の対比も見どころですよね。

泉谷 どんなキレイな都市だって、裏に回れば汚い場所があるわけで、それを排除することはできないじゃないですか。俺は生き物が持つ原始の力と科学の力が融合したら一番いいなという考え方なんです。だから、アナログも大事にしようよという。全部キレイになっちゃったら風邪ひくよ?って。
――どこまでいってもキレイな都市なんてありえないですもんね。
泉谷 要するに純粋という妄想の怖さですよね。そうでないものは排除して。失礼な言い方で申し訳ないけど、ピュアって狂気ってことでしょ? 俺らの時代は「お前、狂ってるね」っていうのが最高の誉め言葉になった時代で、俺が散々怒られたりしてきたのは、純粋性の欠片もないようなことをしてきたからだと思うんです。奴らは狂いたかったんですよ。でも、人間ってそう簡単に狂えない。なぜなら、覚める力の方が強いから。

――「覚める力の方が強い」って、すごい言葉ですよね。
泉谷 一番、健康なことじゃないですか。自分は特別な世界にいたから、なんとかそこから脱却しなきゃいけないというのがあって、「普通の社会人になりたい」って言ってたんですよ。そうしたら、みんなに笑われて。
――泉谷さんご自身は普通を希求しつつ、作品自体は規格外ですよね。フキダシがないのも驚きでした。
泉谷 読みづらいという人もいるんだけど、習慣の問題でね。気にならない人は気にならない。
――私も一読した時は戸惑いましたが、2回目読んだらスッと入ってきました。文字の置き方も縦横斜めと自由だし、使われているフォントの種類も豊富で、既存の漫画表現にはない新しい体験でした。
泉谷 例えば、(『火山の歌』(丸山健二/新潮社)を手に取って)こういうのって読みづらいと思うじゃない。字はちっちゃいし、二段組だし。でも、読んでみると面白い。絵が浮かぶ。自分の中では字も絵なんですよ。だから、字は字、絵は絵と分けない方法はないかと考えて、フキダシをなくすことにしました。

担当編集 デザイナーからたくさん書体を提案してもらって、それを泉谷さんの方でセレクトして、あてはめていったんです。

泉谷 なにせ初めての漫画本だから、みんながやらないことをやろうと気合が入ったのと、大手出版社とやるわけじゃないんだから好き勝手やるぞ!と。本当に好き勝手にやらせてもらいましたけど、これをずっと続けていいものかどうか微妙なところではあります。なぜかというと、本業はミュージシャンであり、他の仕事もあるので、どうしてもこの作業が片手間になってしまうんですね。まあ、「片手間なのにすごい」とは言われたいんですけどね(笑)。一方で、漫画一本を生業としている方や目指している方に申し訳ないという気持ちもどこかにあって。
――泉谷さんは漫画家さんとの交流もありますもんね。SNSを見ていると、原画展にも、浦沢直樹さんやバロン吉本さんなど何人もの漫画家さんが足を運ばれていました。
泉谷 寺田克也さんとかね。こっちも各先生方の絵が好きだし、尊敬もしているんですよ。だから「片手間でもいい?」って気持ちで、小さいけれど情熱だけでやっている出版社で、ね。
――そこで、生きのびるブックス(『ローリングサンダー』の版元)との出会いがあったわけですね。
泉谷 人々の情熱というのが、自分が一番必要としているものなんです。人気や売上が欲しいわけじゃなくて。そうだな、欲しいのは「熱狂」ですかね。「大きくなったらこれに関わるぞ」とか「一生これを忘れないぞ」という熱狂。それが、ひとつかふたつあったら幸せですよ。そしてもし、自分がその熱狂の対象になったら、こんな嬉しい評価はないですね。