最強エージェント、無職の叔父さんになる。引退を懸けて少女と過ごす1年を描く『エージェント木星』【書評】

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PR 公開日:2025/7/24

エージェント木星
エージェント木星小玉有起/講談社

 ちょっと人間味の薄い主人公が、天真爛漫な子どもとの共同生活を経て、だんだんと感情を取り戻していく……というのが、疑似家族ものの定番なのだが、本作の主人公はニコリともしてくれない。ついに1巻では彼の笑顔を見ることは叶わないという徹底ぶりだ。

 7月23日に単行本が発売された『エージェント木星』(小玉有起/講談社)では、荒事の世界からの引退を懸け、凄腕エージェントが少女との共同生活を送る様子が描かれる。

『エージェント木星』

相手のことを思う気持ちが「家族」

 作中には、A面、B面と呼ばれる並行世界が存在している。A面は我々が過ごす現実によく似た世界で、B面はA面に比べると治安、経済ともにかなり不安定な様子が見て取れる。主人公である「木星」は、双方の世界を監視、違法な世界間の移動や密輸などの犯罪を摘発する組織の凄腕エージェントだ。

『エージェント木星』

 そんな彼が一線を退き、A面世界へと移り住むことになる。「木星」は、彼と同様にB面世界からの移住者で、春から高校生になる真琴(まこと)と叔父、姪という設定で共同生活をスタートさせる。真琴が選んでくれた「優作(ゆうさく)」という名前と共に。1年間、平穏な暮らしを送れたとき、彼は真の意味で組織から開放され、自由の身となる。

『エージェント木星』

 冷静沈着なマシーンのような男。そんな男の心に、温かい火が灯る瞬間からしか得られない栄養がある! くれ! その栄養を私に!と思って読み始めたのだが、前述のとおり優作の表情にほとんど変化はない。優作は「投資で稼いだ無職の叔父さん」という設定で、真琴に対してドライに接していく。

『エージェント木星』

 しかし「ニコニコと、笑顔の絶えない家庭」こそが家族のあるべき姿というのも、もはや古い思い込みでしかないのかもしれない。真琴の現状から彼女の課題を導き出し、どうやったらそれを確実にクリアしていけるのかを考え、ともに行動に移していく。きっとエージェント時代もそうやって問題と対峙していたのであろう――優作の行動は、真琴を思っての行動であることは間違いがない。真琴本人に歓迎されないこともあるけれど……。

『エージェント木星』

 真琴も、優作が仕方なく自身と共同生活を送ってくれていることを知りつつも、今の暮らしを楽しんでいる。自分にも、相手にも事情がある。それらを考慮しつつ、お互いの暮らしがどうやったら成り立つのをか考えていく姿こそ、むしろ今の時代の家族ものとして、まっとうなように思えてくる。

 A面とB面、2つの世界の格差に、真琴がB面でどのような暮らしを送っていたのか、そして優作の暗い過去。断片的にしか語られていない情報も多い。それらが明かされる日はくるのか、それが明かされたことにより優作と真琴の関係は、変わっていくのか。今後の展開が見逃せない。

文=ダ・ヴィンチWeb編集部

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