「近頃、付近でカニが出没しています」panpanyaが描く、日常の延長で突然変異した非日常を集めた短編集【書評】

マンガ

公開日:2025/7/31

つくもごみ
つくもごみpanpanya/白泉社

 『つくもごみ』(panpanya/白泉社)は、懐かしくも奇妙に感じる架空の町並みや生活、個性豊かな生き物たちとの交流など、“panpanyaワールド”を満喫できる17篇を収録した漫画短編集だ。

 初めて著者の作品に出会う読者のために、“panpanyaワールド”についてもう少し解説したい。panpanya氏の作品は、日常の延長線上で突然変異した非日常のようなものが、魅力的に立ち現れる。

 たとえば、収録作の「HOME VACATION」は、一軒家ごと船旅に出る話だ。晴れた休日ドライブに行くように、一軒家ごと川から出発して海へ向かう。テレビを見てカレーを食べながら、海辺に打ち上げられた花火や、通り過ぎる無人島を楽しむ。この作品には、我が家で過ごす予定のない日の穏やかさと、旅に出る休暇の高揚感が違和感なく同居していた。「なんでこんな素敵なことを思い描けるんだろう」と鳥肌が立った。

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 また、本作の冒頭を飾る「カニに誘われて2」は、何の変哲もない町にカニが出没するようになり、それを捕獲しようと試みる話である。ちなみに『蟹に誘われて』はデビュー当時の作品で、10年後にアレンジした作品が今回の収録作となる。2つの作品を読み比べると、同じテーマの調理法が変わったことが手に取るようにわかり、面白い。興味が湧いた人は、『蟹に誘われて』(panpanya/白泉社)も手に取ってみてほしい。

 ふだん気に留めない景色が、疑問を持たずに受け入れている常識が、未知に富んだ宝石のように輝き始める。ところで、これを読んでいる皆さんは、パイナップルがどのように育ち、食卓に届くかご存じだろうか。私はそんなこと考えず、缶詰に入ったパイナップルを頬張っていた。私と同じタイプの人は、収録作『パインアップルをご存知ない』に少なからず衝撃を受けるだろう。着眼点や発想の飛躍、それらを包括した著者の“センス”に脱帽する。

「なんて豊かな発想なんだ!」と無邪気に楽しむだけでも十分価値のある一冊だが、多くの人が気づかないうちに、いつの間にか変化するものや、消えゆくものへの寂寥感も、作品群から時折感じ取れた。表題作「つくもごみ」は、ゴミとして捨てられた、魂を宿しているぬいぐるみの話である。ゴミ捨て場で燃やされ、また何かの物体に生まれ変わる。そのサイクルの中では、一つひとつのモノに関わった人々の想いは再現されない。そうして二度と再現されないものを、無自覚なまま手放してしまうことが、人生の中ではたくさんあるのではないか。そんな気づきが、余韻として押し寄せる作品だった。

 全体を通して、自分が忙しない日常を過ごすことで忘れてしまいそうな、けれど忘れたくない感情を呼び覚ますような作品が多い。それは知的好奇心、高揚感、愛着、冒険心などさまざまである。いずれも人が人らしく在るために、あるいは平凡な人生に彩りを添えるために、心に灯しておきたいものばかりだ。だからこそ、多くの方に手にとってほしい。きっと本作を読んだあと、いつも見ている景色や変わらない日常が、すこしだけ面白く思えてくるはずだから。

文=宿木雪樹

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