東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第13回(野尻)「M-1グランプリ完全攻略(※3回戦まで)」
公開日:2025/7/31

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第13回は野尻回。
第13回(野尻)「M-1グランプリ完全攻略(※3回戦まで)」
こんにちは。無尽蔵の野尻です。
この記事が公開される翌日には、『M-1グランプリ2025』の1回戦の幕が上がります。芸人にとって最も権威のあるお笑いコンクールである同大会においては、予選の段階からネタ動画をYouTubeに公開しまくるという大盤振る舞いが行われるので、決勝に進出せずとも世間からの認知を得られるチャンスがあります。
そのため、ネタ動画が公開され始める3回戦(厳密には、1回戦のTOP3合格者から)は大きな分水嶺となり、3回戦以上に進出した漫才師はM-1からのお墨付きをもらったような一定の公共性を担保された存在となり、ライブシーンにおいては一目置かれる存在となります。
日本全国に潜伏している名も知らぬ偏屈なお笑いファンにネタを届けられるということは、数年前まで自分もその一人に過ぎなかった若手芸人に特別な達成感をもたらすでしょう。

大変僭越ではありますが、本記事ではM-1グランプリで準々決勝に進出したことのある私が、1回戦から3回戦までの攻略法の解説を試みたいと思います。これは優勝争いに幾度も絡んだ偉大な先輩方によって再三話されている話題であり、私のような若輩者の分析にどれだけ意味があるかは分かりませんが、M-1戦士と名乗っていいボーダーラインを現在進行形でウロウロしている人間のリアルな所感として、どうか参考程度にお聞きください。
まず1回戦に関しまして、とにかく減点法での審査が行われるという印象です。東京の1回戦を通過するのは全体のわずか15%ほどであり、アマチュアはもちろん、プロの芸人でも半数以上がここで涙を飲みます。昨年は1万組にものぼった膨大な出場コンビの数を少しでも減らす必要が審査員にはあり、知名度のないコンビが隙を見せれば容赦なく落とされるでしょう。
1回戦を受かるためには、内容の面白さ、つまり漫才の「ソフト」の部分はあまり重要ではなく、とにかく声の大きさやテンポの良さといった「ハード」の部分をこだわりましょう。面白い部分を増やすというより、面白くない部分を徹底的に廃してください。不安がって斬新なボケをてんこ盛りにせずとも、あなたはちゃんと面白いことを言っているので、それより見やすさを追求してください。
つまり、あなたのネタを見たお笑いに慣れていない一般のお客さん(友達に誘われて見に来たような)に「なんかあの人ら…変じゃなかった?」と言わせないようなネタを披露してください。お笑いの前提や文脈を理解していない人でもあらすじと可笑しみをちゃんと理解できるようなネタが好ましいです。ベタなネタをやれと言っているのではありません。見づらさを廃せよと言っているのです。

2回戦は、更に難しい1回戦といった感じです。2回戦では20~25%の芸人が合格しますが、その狭い合格枠はここから参加するシード組が食い荒らすため、無名のコンビに残された椅子は更に少ないです。2回戦を合格したことのないコンビが2回戦を突破するというのは、大変シビアな椅子取りゲームに勝利する必要があるのです。
ここからネタ尺が3分に伸びます。面白いか面白くないか微妙な人たちが3分もネタをやるわけですから、観客は疲れて往々にしてウケづらくなります。その中で精彩を放つためには、盤石なハードと少しの特別さで観客を安心させなければなりません。
2回戦突破の基準は「深夜のどんなに小さい枠でもいいから、テレビに出してもいい漫才」です。特定の界隈にのみ評価されているガラパゴスな漫才でなく、全国に「こういう漫才があります」と届けられる漫才。だからこそ、M-1は3回戦からネタ動画を公開するのです。
3回戦からは、いよいよ内容の面白さであるソフトの勝負です。1、2回戦の厳しいハード審査を生き延びた精鋭たちの間に、漫才の練度の優劣はあまり見られません。しかしその分、構成の斬新さやボケのクオリティの差が目立つようになります。M-1が掲げる審査基準である「とにかく面白い漫才」がしっかり適用されるには、3回戦を待たねばならないのです。
芸人になる前の若者は、意味の通った漫才を他人の前で成立させることの難しさを理解できません。なので3回戦という予選の途中から動画を見て、ソフトだけに目がいって「なんだ、あんまり面白くなくても3回戦っていけんじゃん」と誤解してしまうのです。
違うんだよ!2回戦まではハードの審査だったんだよ!お前があんまり面白くないって思ったそのコンビ、見るのもしんどい1回戦の中にいたら、救いの光くらい面白く見えるぞ!?だから若手は2回戦で落ちちゃうんだよ!技術がないのにボケをこだわっちゃうから!逆説的ですが、これから3回戦進出を目指すコンビは、3回戦の敗退コンビにこそ多く学ぶことがあるのです。
以上がM-1グランプリの3回戦までの攻略法です。とても抽象的かつ拙い説明をご容赦ください。もし私が今年の大会で2回戦敗退を喫することになったら、その時はぜひこの記事を掘り起こし、徹底的に笑いの的にしてください。お願いします。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
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