ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、宮崎夏次系『カッパのカーティと祟りどもの愛』
公開日:2025/8/6
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年9月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
宮崎夏次系『カッパのカーティと祟りどもの愛』(1巻)

マガジンハウス 880円(税込)
●あらすじ●
笑顔が化け物みたいに不気味だと周囲に避けられ、孤独なまま大人になった祝(いわい)は、唯一の理解者であった祖父が倒れたことをきっかけに、頭の皿が割れた、関西弁を操る幼いカッパと出会う。傷を抱える彼女と居場所のないカッパは、神様や化け物、ヨーカイに悪霊、そして同じく孤独の中で生きる人々と巡り合う。各々の揺れる心がユーモアを交え紡がれる、オカルティック・ヒューマンドラマ。
みやざき・なつじけい●1987年、宮城県生まれ。多摩美術大学美術学部絵画科版画専攻卒。『モーニング』で新人賞受賞後、『夕方までに帰るよ』で連載デビュー。作者の初単行本『変身のニュース』が文化庁メディア芸術祭マンガ部門「審査委員会推薦作品」に選出。他著作に『僕は問題ありません』など。
【編集部寸評】

禍福は糾える縄の如し、なのか
人に笑顔を見せられない口酒(くちさけ)祝は裏切られ続ける。バイトリーダーには備品横領の罪を被せられ、唯一の理解者である祖父に先立たれ、入居していた仮設住宅は撤去されるし、修理したカッパの皿も「謎の手」によって再び割られる。人々は神様や信仰や呪いに縋り、利用する。幸せと災いが表裏一体なのだとしたら裏切りは必然なのか。居場所を追われた祝とカーティの運命や如何に——。続刊に期待大。ちなみに祝の笑顔を怖くないと言った少女・フウの愛犬の名は「ダヴィンチ」であった。
似田貝大介 本誌編集長。背後に河童の霊が憑いていると言われたことがあります。しかも二人の方に。白い河童とのこと。そのせいか河童に目がありません。

充満する「祟り」と「愛」の気配
「祟りども」の「愛」の話なのだから、ほのぼのロードムービーといった趣ながら、やはりなかなか過酷な話ではあるのである。優しさと残酷さ、愛と呪い。そういった相反する概念が矛盾なく同居することがあるということが、すばらしい絵と言葉によって直観的に理解させられ、胸打たれる。忌み子同士が出会い、コンビニなどに寄りながら繰り広げる珍道中の先にあるのは、愛か、それとも祟りか——。どちらであってもいい。その先を目撃させてほしい。今から2巻が楽しみです。
西條弓子 『日出処の天子』特集は26Pから。読み返すたびに衝撃を受けてる傑作の世界を探究。山岸先生の読み切りマンガ(79P~)と併せてお楽しみください。

はみ出し者同盟
カッパだけじゃない。オバケの木や追っかけてくる手と、“ふしぎ”が盛りだくさんだ。どんどん現実離れしていく状況に、孤独な祝は期待する。死んでしまった大好きなおじいと、また会えるのではないかと。振り切りまくってドライブ感満点の展開に加え、ひとりになることへの恐怖でいっぱいの祝の切実さに対する、カーティの素直でとぼけた相槌が、なんとも言えずくせになる。祝たちを匿う謎の牧師の目論見がうまくいけば、この先まだまだバケモノが出てきそうな予感に、目が離せない。
三村遼子 寝室のクーラーから水が! ドレンホースの詰まり解消グッズを試したけれど手応えはなく、しかし今はなぜか水が止まっています。業者に頼むべきか。

異質な世界観で育まれる関係性
カッパとショッピングモールが共存する異質な世界観に、心をつかまれる。祖父を亡くし孤独にさいなまれる口酒祝と、仲間のカッパたちからつまはじきにされたカーティ。居場所をなくしひとりぼっちの2人が、出会い心を通わせていく。2人のほかにも周囲から嫌われる牧師など、社会のすみにいる人たちを温かく照らす優しい目線と、バケモノや妖怪が醸し出す不穏な雰囲気とが、交互にやって来る。カーティと祝たちが、どこにたどりつくのか、ゾクゾクしながら見守りたい。
久保田朝子 暑い上に湿度が高いこの時期。ハッカ油スプレーを部屋中に吹きかけると、ジメジメ感が軽減され、清涼感がアップしたような気分になります。

不吉なカッパと出会ったら
頭の皿が割れているカッパは不吉な存在だという。実際、カーティと出会ってから祝の周辺で不思議な出来事が起こり始めるが、カーティ自身はなんだか憎めず、愛らしい。関西弁を喋り、犬が苦手で、アメリカンドッグやからあげ棒を平らげたり、お花見弁当をくすねたり。祖父以外の人間に笑顔が不気味だと避けられてきた祝と、仲間から捨てられて一人ぼっちのカーティ。「不吉な者同士なら なんでもできると思ったの」「そういうもんかいな」はみ出し者たちのこれからを見届けたい。
前田 萌 今年初のそうめんを食べました。めんつゆだけで食べるのも好きですが、今年の夏はいろいろなアレンジを加えたそうめんも食べたいと思います。

「人前で笑えるようになったか?」
生まれながらにして“笑顔”を周りから恐れられ続けた祝。孤独に日々をやり過ごしながら暮らしていたが、唯一信頼していた祖父が亡くなり、突然現れたカッパ・カーティとの出会いが彼女を変える。物語は不穏な空気を全体にまといながらも、カーティを起点に“ひとりぼっち”の者たちが、互いに思いやっていく。祝は自分のことを「気味悪がらない人」 たちとの出会いに未来を見る。それぞれのほんのり温かい思いの連鎖がどうかこの先まで続いていきますようにと願わずにはいられない。
笹渕りり子 使った物を元の位置に戻すことができない大人の私。掃除をしても、1週間も経たぬ間に物があふれ部屋が荒れる。毎度の休みは掃除で終わる日々。

誰が何と言おうと
笑顔が不気味だと避けられてきた祝は、その笑顔を「最初から100点満点なのに」と言ってくれる、唯一の味方だったおじいを亡くしてしまう。が、おじいの家にいた皿の割れたカッパ・カーティと出会い、行動を共にすることに。そんな中、正体不明の「手」が現れ、祝とカーティを襲う。祝はとうとう、その正体をおじいなのではと疑いはじめる。「私はおじいにとって『ハズレ』だったんだ」。そんな祝にカーティが返す言葉は、誰かを信じることの意味を教えてくれる。ぜひ見届けてほしい。
三条 凪 夜の冷房に苦戦。つけて寝ると喉を痛め、止めると暑くて目が覚める。これを相談した人に「最適解が見つかるのは9月末」と名言をもらったので諦めます。

「いつか 私も あなたみたいに」
社会からはみ出した登場人物たちはみな孤独を抱えている。しかし、周囲からは冷たい視線を向けられているにもかかわらず、彼らが他人に与える愛の形は様々でそのひとつひとつがあたたかい。ケチャップで笑顔を描いたり、名前のない河童に名前を与えたりと、現世のままならなさと対比して、その愛は穏やかで澄んでいる。世間の残酷さをやわらかく上書きしていくようなその行為を見て、私もいつか彼らのように人に愛を向けられればと、この生きづらい世界に飛び込む覚悟と勇気を得る。
重松実歩 太りすぎて服が裂けました。ステープラーで留めようとしたら、後輩がソーイングセットを貸してくれました。生き物としていろいろ負けた気持ちです。

ユーモアを忘れないという真実味
序盤、祝と少女と犬は、河原でカッパとの鮮烈な出会いを果たし、そして全員が絶叫することとなる。何事かと寄ってくる通行人に対して、カッパを隠そうとしてか祝がたどり着いた言い訳は「イヌが…ゲリ気味で…」。通行人の老人はといえば「がんばるんよ——」と受け入れる。なにがどうしたらこんな会話が成り立つのだろうかと思う。しかしそれこそが本作の世界であり、一面的な悲哀で塗りたくられていないこのユーモアが、愛し愛されることを求める孤独なものどもの感情を際立たせる。
市村晃人 コンビニで、クーポン付きのレシートをしばし貰い忘れます。大抵の場合、それ目当てで手に取った商品だというのに。これも祟りなのでしょうか。