東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第14回(やまぎわ)「芸人しながら『これ社会人すぎるやろ』と思うこと」

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公開日:2025/8/7

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第14回はやまぎわ回。

第14回(やまぎわ)「芸人しながら『これ社会人すぎるやろ』と思うこと」

お疲れ様です。ぐぬぅ...。今このコラムを書いているのは日曜日の夜です。つまり明日からまた仕事です...。

自分で選んだことだからまだ耐えられるけど、これが自分で選んだことじゃ無かったら耐えられなかった。僕は弱い人間なので常には完璧でいられませんが、仕事もお笑いも休み休み頑張りたいと思います。時間増えろ!!

僕は日中に会社員として働く傍ら、お笑い芸人も続けています。おおよその会社員はお笑い芸人はしていないだろうし、芸人の中でも「一度も就活した事がない」という人はまあまあいます。

かたや僕はフルタイムで会社員として週5日40時間働き、尚且つお笑いもそこそこ頑張っております。この前会社員として参加したあるイベントで、初対面の方から「もしかして、無尽蔵のやまぎわさんですよね?」と話しかけられました。お笑いライブでは会社の方が見に来てくれて差し入れをくださいました。本当にありがたい事です。

【写真】社会人のように報連相を意識しながら関係性を築くコンビ・無尽蔵
【写真】社会人のように報連相を意識しながら関係性を築くコンビ・無尽蔵 撮影=booro


なんとなく世の中的には、「就職」と「お笑い」は対比して考えられているように思います。

就職は「現実」で、お笑いは「夢」。就職は「大変」で、お笑いは「楽しい」。就職は「堅実」で、お笑いは「ギャンブル」。

押し並べていうと、就職は自分と現実の間に折り合いをつけた人が社会の荒波に揉まれながらも堅実に頑張っているイメージで、お笑いは夢を捨てきれなかった数奇者が社会のルールからは逸脱した世界で自由気ままに夢を追っている、といったイメージでしょうか。

その見方は半分合っていて、半分間違っています。社会人と芸人をやってわかりましたが、芸人にも社会人みたいなことせなあかん時がたくさんあります。

まず芸人、一人で完結することができません。ここがめっちゃ仕事です。

コンビなら相方とうまくコミュニケーション取りながら、ネタ作ったりライブに出演したりする必要があります。どれだけ険悪な感じになっても、相手のやり方に共感できなくても、一緒にお笑いをやっている以上は上手く付き合わなければ良いものが作れません(お笑いは仕事より深い関係性が求められるからこそ、根本的な波長が合っていない人とお笑いを続けることは難しいでしょう)。

 撮影=booro


共演する芸人さんに自分を知ってもらうという意味で挨拶もちゃんと大事だし、MCの時間はほとんどグループディスカッションです。空気を読んで、議論の方向性を見極め、捗らない時は方向を転換したり、良い着地点を見つける必要があります。

自分が笑い取れてないからと言って悪戯に議論を長引かせたり、流れをひっくり返したりすることは、MTGでも御法度ですよね。いくら破天荒な芸人だって適切なタイミングは見極めてるし、本当にしちゃダメなことは絶対しません。

それから「報連相」、これめちゃくちゃ大事です。「報連相」は社会人になってから覚えたらいいや的なものではありません。芸人として覚えておくべきスキルです。

社会人やって痛感しますが、言いづらいことほど早く言ったほうがいいです。あとは期日やスケジュールは具体的に共有できるほど良いです。

これは自分も本当苦手で野尻に迷惑かけてるところなのですが、「ライブ多くてしんどいけどギリギリまで言わない」とか「何とかなく新ネタ作れてないけど言い出せてない」という状態はほんとダメで、早々に「申し訳ございません。それ以上ライブがあるとお笑いが楽しくなくなってしまうので今月の出演は難しい状況です。その代わり来月は出演させていただきたく、候補日いただけませんでしょうか」「8/31のライブまでに新ネタを下ろしたく、今週どこかでネタ合わせをしたいと考えております。以下の日程の中でご都合良いお時間ございませんでしょうか。8/1218:00-…」と宣言してしまうべきです。

ここを言葉で共有せずに、「まあ相手もわかってるよね」と楽観してしまうと、たまに痛い目見る時があります。片方が「今は賞レースに向けて頑張る時期だ!」と思っている一方で、もう片方が「今は多少楽しながら新ネタ1本作れたらいいよね」と思ってるかもしれません。そういうこともどんどん言っていきましょう。

 撮影=booro


あとはなるべく仕組み化することも大事です。例えば芸人さんがよくやっている月1の新ネタライブ。あれもまさしく仕組み化ですよね。スケジュールを固定化させてしまうことで、「サボりたい」という人間の本能に抗い、「定期的に新しいネタを作る」という理想の状態を叶えられるのです。新ネタライブは興行というより「タスクマネージャー」の側面が強いと言えます。

その時々で変化しやすい「人の感情」を介入させず、理想の状態を楽に維持できるようにするのが仕組み化です。ネタ作りや絶対休みにしたい日なども、できれば「定期的な予定」としてOutlookに入れてしまうのが良いでしょう。

ここまでコミュニケーション力、報連相、仕組み化など、芸人やってて「これ会社で見た!」と思った事を述べてきました。

例え就職するのが嫌すぎて芸人という道を選んだとしても、生業にするならやっぱりある程度の社会人性は求められてしまうのかなと思います。

芸人の皆さん。芸人やってると言われることもあると思います(自問も含めて)。

「いや、好きなことでメシ食ってんだから弱音とか吐くなよ」「好きなことやってんだからそれくらい頑張れよ」と。

 撮影=booro


そういう時は「いや!!!好きなことやってても!!!辛い時辛いから!!!これ仕事だから!!!」と言って然るべきです。

上手くいく時も絶対あるし、上手くいかない時も絶対ある。上手くいったら嬉しいし、上手くいかなったら悲しい。そういう意味でも仕事とお笑いには全く違いが無いです。

もし今進路に迷う若者がいて、「好きなことを仕事にすれば楽しいかも」と考えているのであれば、それは少し違うかもしれません。どんな事を仕事にしても辛い時は辛いです。お笑いだってやりたくない時も来ます。それを表に出すか出さないかにプロの度量が問われます。

大事なのは辛いことがあっても「まあ自分で選んだことか」と納得できているかということでしょう。もし貴方が芸人になりたい人であれば、何となく楽そうな方に流れるのではなく、しっかりと自分で決断し、その第一歩を踏み出しましょう。その第一歩の踏みしめ方で、どれだけ歩き続けられるかが決まります。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第15回に続く>

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