東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第15回(野尻)「お笑いサークル、それは壮大なキッザニア」

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公開日:2025/8/14

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第15回は野尻回。

第15回(野尻)「お笑いサークル、それは壮大なキッザニア」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。この文章を書いているのは、私がMCを務める「大学芸会2025」の予選9日目が開演する3時間前です。同大会は各大学のお笑いサークルに所属する、いわゆる「学生芸人」にとって最も権威のある大会です。

昨今の大学お笑いブームを、この大学芸会と分けて語ることはできません。大学お笑いの歴史は、2011年の大学芸会の発足以前・以後で明確に分かれると言っていいでしょう(具体的に言えば、真空ジェシカやサツマカワRPGの世代が大学芸会の第1回から活躍しています)。

現在プロで活躍しているお笑いサークル出身芸人たちは、かつて大学芸会こそが世界の全てだと本気で信じ、青春の全てを捧げて優勝を目指した過去を持っています。私もその1人です。

【写真】階段で撮影中、「構図すぎる」と独特のツッコみをしてくれた無尽蔵
【写真】階段で撮影中、「構図すぎる」と独特のツッコみをしてくれた無尽蔵 撮影=booro


大学芸会には、高額なエントリーフィーによって学生芸人を搾取する芸能事務所が主催のお笑い大会に取って代わる形で、学生のみのDIYな運営で発足したという歴史があります。それは、大学お笑いシーンの評価軸が「プロみたいなお笑い」から「プロにはないお笑い」へ移り変わっていた歴史でもあります。

私が知る限り、大学お笑いでウケるには兎にも角にも「新規性」がこの上なく重要です。

粗方のお笑いを見尽くし、お約束を熟知した学生芸人は変態的な嗜好を持ち合わせていると言えます。もはや一般向けのベタなお笑いに興奮することはなくなり、オルタナティブのそのまた先のオルタナティブ、昨日までこの世に存在していなかった得体の知れないお笑いを見ようと大学芸会を見に行きます。

学生芸人には経済的な成功を希求する必要がないため、極めて自由な創作活動が促されます。コンプラやマーケットを意識する必要がないため、純粋に面白いと思ったものを生のまま垂れ流す。人気も知名度も関係なく、むしろ無名の変質者による大会の蹂躙を待ち望むのが大学お笑い。

そこにはファンと芸人の別すらなく、大学お笑いというひとつの塊がお笑いのフロンティアを押し広げているだけなのです。これは、「演るのは男、見るのは女」という構造を持つプロのお笑いが行うショービジネスと明確に異なる点と言えるでしょう。

 撮影=booro


大学芸会の予選のMCでは必ず以下のような注意が観客にされます。

「面白かった組に投票する際は、友達だとか、同じサークルだとかではなく、本当に面白いと思った組に投票してください」

人気商売の側面が強いプロのお笑いからすれば、はっきり言ってこんな注意喚起をするのは異常です。面白くなくても推しの芸人に票を投じるのがファン心理ですから。しかし大学お笑いでは、本当に面白いものは何なのかということに否が応でも向き合わされます。

一方で、とても斬新に見えるそのお笑いは、単なる奇の衒い合いに終始しているだけの内輪ノリに過ぎないかも知れません。例えば、大学お笑いでは演者がネタ中に差別用語を唐突に口にし、観客との間に共犯者意識を伴い、大きな笑いを生むことが往々にしてあります。

要は「ヤバいことを言う」というお笑いであり、これはこの前までプロのお笑いしか見たことのない高校生だった観客にとって、蠱惑的な中毒性を持っている禁断の果実であると言えます。差別用語が何らかの理念に基づいて用いられているなら話は別ですが、「ただ言っているだけ」の安易な手法で爆笑をとった気になっているお山の大将を、私は大学お笑いでたくさん見ました。

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考えてみれば、大学お笑いはプロのお笑いを疑似体験できるキッザニアのような場所でもあります。同期ライブ、単独ライブ、相方シャッフルライブ…プロの世界を真似たミニチュアに溢れた箱庭の中では、ほんの少しの才能さえあれば、1人の人間が受け取るには十分すぎる尊敬を集めることができます。一介の大学生がノーリスクで笑いの求道者のような顔ができるなんて、素晴らしいぬるま湯でしょう。

というか、そもそもサークル活動なのだからキッザニアでいいじゃないかとも言えます。無料でやっているサークルの学内ライブにさしたる責任は伴わないし、こっちは芸人ごっこを楽しくやっているんだから水を差すな、と言われたらそれまでです。

将来性や商品価値といったしがらみから解放されている大学お笑いはやはり一長一短です。大人から子供まで楽しんでもらうための見やすさや技術は大学生のネタにおいて徹底的に軽視されますが、ひとつの思いつきというミクロな単位で見た時、プロの芸人が到達できない未曾有の境地に辿り着くことが往々にしてあります。

先ほど大学お笑いを“ぬるま湯”と揶揄しましたが、ぬるま湯であるがゆえに、プロの予定調和や人気商売の欺瞞を疑うようなカウンター的なお笑いを生み出せるのが、大学お笑いが備える最も素晴らしい点だと言えるでしょう。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第16回に続く>

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