歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第208回のテーマは「身長」

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/9/19

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年8月号からの転載です。

今回のテーマは「身長」です。高身長と低身長の歌は予想してたけど、ちょうど平均身長という歌もけっこうありました。

●シークレットシューズがあるということを隠そうとした人たちもいた
(トミト・モチメリ)
「シークレットシューズ」を履いていることではなく、それが「あるということ」自体を「隠そうとした人たち」がいたという、その事実が怖くて面白い。そういうモノやコトは他にもありそうだ。

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●ひきだしのいちばん上の臍の緒の箱を眺める踏み台なしで
(不安多男恋路)
「臍の緒」とはすべてが最小だった〈私〉の出発地点。それを現在の高さから「眺める」のは、時間的にも遥かな感覚だ。

●小さくて可愛いからと諭されておままごとでは犬役だった
(中杉さおり)
末っ子とか赤ちゃんの役ならともかく、「犬役」とは。でも、短歌としてはそこがいい。

●エレベーター降りて周りの身長が低くなったらおもちゃ売り場だ
(村川愉季)
頭で状況を把握する前に感覚でわかることってありますね。この場合なら、なんか小さいなって。

●うさぎです耳を入れてよ身長にかたい定規ではからないでよ
(一羽すずめ・女・53歳)
「耳を入れてよ」が可愛い。人間も髪を入れたら、人によってはかなり伸びそうです。

●身長がぴったり同じだった日におそらく母と話さなかった
(富尾大地・男・33歳)
「ちょうど反抗期だったと思います」という作者のコメントがありました。「身長」が「母」を超えてゆくにつれて、少しずつまた話せるようになってゆく。そんな感覚がリアルです。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。

●雪の夜の散歩に父は「母さんの髪は黒か」とふいに尋ねる
(田本悠馬・男・30歳)
不穏な問いかけ。染めているからわからないのか。それとも、「雪の夜」の魔力が「父」から色の感覚を奪ったのか。

●炭酸が思ったよりもあふれない甘い水になりゆく恋人よ
(鳴海影)
「炭酸」は時間が経つと刺激が減って「甘い水」になってゆく。「恋人」もどこか似ている。

●たまにあるエスカレーター隙間から緑の光なぜか漏れてる
(猪山鉱一・男・23歳)
何故「緑」なのか。「隙間」の向こうには何があるのか。それを知ったら、どうなってしまうのか。

●お揃いの消しゴムの匂いは梨だったさっちゃんは今、刑務所にいる
(野口み里・39歳)
「消しゴムの匂い」から「刑務所」という展開の意外性。石川啄木の「そのむかし秀才の名の高かりし友牢にあり秋のかぜ吹く」を思い出しました。

●病院を脱走したという叔父のヒートテックを預かっている
(直・女)
こちらは「病院」からの「脱走」の歌。多くの人が所有しているであろう「ヒートテック」が妙に生々しい。「叔父」さんは取りにくるだろうか。

●ハンカチ落としをしていたあとだろう駐車場には白いハンカチ
(シラソ・女・40歳)
「駐車場」の利用者が落としたのではなく、その「ハンカチ」は時空を超えてやってきたのか。その場所はかつて草原だったのかもしれない。

●魚も溺れるって教えてくれたころもう恋人になった気でいた
(西鎮)
もう惹かれていたとか、もう好きになってたとかではなく、「もう恋人になった気でいた」とは。その思い込みが面白いですね。

●最果てのパーキングエリアのトイレ見たことのない鍵のかたちだ
(ほうじ茶・32歳)
「初めて行ったパーキングエリアのトイレで、パッと見では扱い方の分からない内鍵に出会いました」との作者コメントあり。夢の中で奇妙なトイレに出会ったことがあるけど、夢の自分はそのことに疑問を抱いていませんでした。でも、現実だったら、パラレルワールドに来た感覚に襲われそうです。

次の募集テーマは「宇宙人」です。バルタン星人、メフィラス星人など『ウルトラマン』を見て育った自分は、たくさんの宇宙人を知っている。でも、実際にはまだ会ったことがありません。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。

絵=藤本将綱

ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『迷子手帳』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。

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