細田守「『この夏の星を見る』は東映の映画という感じがしない」山元環とお互いの映画語る、特別対談【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/29

1

この夏、一本の青春映画『この夏の星を見る』が静かな盛り上がりを見せている。テレビプロデューサーの佐久間宣行氏からロックバンドBase Ball Bearの小出祐介氏まで、感度の高いクリエイターからの反応も熱い。監督の山元 環はこれが商業長編デビュー作となる新人ながら、ネクストブレイクの若いキャスト陣の輝きとともに、反響は壮大な星空のように広がり続けている。そんな同作に共鳴した一人が、11月に4年ぶりの新作となる『果てしなきスカーレット』の公開を控える細田 守監督だ。自身も19年前に劇場版アニメーション映画『時をかける少女』(原作・筒井康隆/脚本・奥寺佐渡子)で高校生の青春を描き、このほど自らノベライズした小説「時をかける少女 A Novel based on the Animated Film」も出版。フィルモグラフィーの初期に青春ものを刻んだ二人の監督が、アニメと実写の垣根を超えて、映画の可能性を語り合った。

暗くなければ星は見えない――実写で星空を描くかつてない試み

――細田監督は映画館で『この夏の星を見る』をご覧になったそうですね。

細田守さん(以下、細田):僕が初めて監督をつとめた『劇場版デジモンアドベンチャー』(99)から付き合いのある東映アニメーションのCGプロデューサーが、ぜひ観てくださいとムビチケを送ってくれたんです。同じ時期に別の知り合いからも、この映画がとてもよかったという話を聞いていて、観に行ってみたら非常によかった。そこから今日のこの場につながったわけです。

advertisement

山元環さん(以下、山元):ありがとうございます! まさか細田監督が観てくださるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったです。 

細田:僕は東映アニメーションの出身なんですけど、『この夏の星を見る』(以下、『この星』)は、いわゆる東映の映画っていう感じが全然しないよね。かつてのある種の東映の映画には、激しくて熱っぽい、今の時代で言えば、コンプライアンスに抵触しかねないぐらいの、それこそがエンタメであるとするような傾向が強くあったと思うんです。東映時代の僕はそこにけっこう反発があったんだけど、一方でその影響下にもあることは自覚していて、愛憎相半ばするところがあるわけですよ。そんな僕がね、『この星』を観たときに、そうした東映らしい遺伝子を欠片も感じなかったんです。

山元:僕は東映で映画を作らせていただくことはもちろん、商業映画を監督すること自体も初めてだったので、東映らしい色合いというものを意識する余裕もなかったというのが正しいかもしれません。

細田:もともとは自主制作から?

山元:はい、完全に野良から自力で上がってきました。 

細田:僕も学生時代は自主アニメを作っていて、それを観た東映アニメのプロデューサーが声をかけてくれたのがきっかけだったから、似たようなものかもしれませんね。だけど『この星』は自主制作らしい匂いが一切しないですよね。これが自主制作のノリの延長だとか言われたら、むしろ今の自主制作ってどれだけクオリティが高いんだ!? と言いたくなるぐらいの完成度ですね。

山元:昔から人に“伝わる”作品がずっと好きだったので、どうしたら一人でも多くの人に伝えられるかをとにかく考え抜きました。実写でコロナ禍を描く上では、リアルな現実の重みがある中にも、VFXを使ったカットではアニメーション的なポップさを感じられるような描写を心がけたり。

9

細田:特に面白いなと思ったのは、辻村さんの原作小説はもっとキャラクター愛が強く感じられると思うんですよ。でもこの映画はそこに一定の距離を持っているように見えて、それがすごく上手くいっていた。さらに映画館で星空観察を同時体験できるという側面もある。そうした切り口はどこから思いついたんですか?

山元:コロナ禍の時代にディスタンスという概念が生まれましたよね。心の距離もそうですし、人間同士の物理的な距離感、県をまたいでの移動ができないとか。個人個人が感覚的に分断されていく時代だったなと思うんですよ。それを映像化するときに、単純に一対一のキャラクター間の距離を見せてもあんまり意味がないなと。映画全体の根底にその距離感みたいなものを引く、要はカメラの位置も含めて計算しないと伝わらないなと思いました。それとの対比として、はるか彼方の宇宙に星空がある。そのことを説明し尽くすのではなく、感じ続けてもらう2時間にすることで、この映画を理解していただけるように意識しました。

細田:おそらく原作を読んだ感じと、映画を見た感じが、いい意味でちょっと違うんじゃないかなと思っていて。というのは、ほとんど登場人物が全員マスクをしていて、そんな映画って他に見たことがない。たとえば先生方がオンライン会議をしているときもマスクをしている。オンラインだから外してもいいんだけど、誰がどういうマスクをしているのかも含めてキャラになっているから、マスクを取ったら別の人になっちゃう。

山元:はい。

細田:マスクによって抑圧された学生の気持ちはたしかにあると思うんだけど、一方で映画的に見れば、これまでにない表現を生み出したことになる。名の知れている俳優さんでも、マスクによってそれがあんまり前に出てこないというか、本当に劇中の高校生として出会っている気持ちになれるのも、この映画ならではの体験だと思います。

山元:コロナ禍のときって、仕事でもマスク姿で出会って、最後まで素顔を見ないままお別れする人がいたりしましたよね。

細田:この映画ではそれが寂しいっていうんじゃなくて、それも含めての人物がポジティブに描かれているのがいいところだと思うんだよね。

山元:ありがとうございます。観ている間はあの時代にタイムスリップするというか、当時の感覚を思い出しながら、この人のマスクの下の表情はどうなってるんだろう? と常に考えてもらえる2時間にできればいいなとは思っていて。

細田:東京の中学校で理科部に所属している中井天音(星乃あんなさん)が、本編の中で一瞬マスクを下げて口を見せるシーンがあるんだけど、逆にこんな顔だっけ? と思うぐらいにちゃんとマスクをしたキャラが成立している。そういう意味ではね、いつかコロナ禍を知らない世代が観たとしても、この映画は楽しめるんじゃないかなと思いました。コロナ禍が遠い過去のことになってもずっと観てもらいたいでしょう?

2

山元:はい、それはもう。

細田:コロナ禍そのものだって、重く描こうと思えばいくらでもできるんだけど、辻村さんの書き方も含めて、必ずしもそうではない方法というのかな。人間を描くための方法として、たまたまその時期だったと思えるところがいいんですよね。僕は自分もスターキャッチコンテストに参加させてもらった感覚になれたことがよかったな。しかも映画館という場所で観ると、よりダイレクトに参加した気持ちになりません? というのも、映画館の暗闇で見るからこそちょうどいい暗さになっているんですよ。ここまで画面を暗くするかと驚きました。結構挑戦的な暗さだと思うんです。

山元:星空のビジュアライズは、この映画のオリジナリティとして一番こだわったところかもしれません。実写でリアリティを追求するよりも、どこかファンタジーというか。みんなの心の中にあるいつか見たことのある風景、感じたことのある美しかった記憶や色みたいなものを、実写の中で浮いた表現になりすぎないように、というのは意識していました。

細田:それ、すごく上手くいってるんじゃないかな。歴史上、星座観察会がテーマの映画って多分これまでにないよね。なぜなら、星空は(技術的に)写らないから。

山元:そうなんです、だからVFXで作るしかなかったんですよ。

細田:だとしても、実際の臨場感を大事にした作り方に見えたのがよかった。

山元:現場でも一度挑戦はしたんです、本物の星空を撮れないかと。でもやっぱり全く写らなくて。観測の記録映像としてはよくても、映画としての感動的な色合いにはなっていなかった。結果としてVFXを使って表現した部分は、アニメ的な影響を受けているかもしれません。

細田:アニメだったらなんでも描けてしまうので、逆にあんなに暗くはしないんじゃないかな。どちらにせよ、それをやったのがよかった。観た人それぞれに、暗闇の中で星を見上げたときの気持ちが蘇るような体験になるんじゃないかと思う。

8

『この夏の星を見る』に流れる『時をかける少女』の遺伝子

――山元監督にとって『時をかける少女』との出会いはどんな思い出ですか?

山元:DVDを借りて観ました。2006年なんで、僕は中学生ぐらいで。もう映画の世界に行こうかなと思い始めているときではあったので、邦画とかミニシアター系の作品を観るのにハマっていて。その中で『時をかける少女』(以下、『時かけ』)にも出会って、もともと大林宣彦監督の作品が好きだったこともあったので観たんですけど、それはもうセンセーショナルな感覚がありました。

細田:大林監督もね、自主制作出身ですからね。

山元:そうですよね。細田監督の『時かけ』は、僕にとってまさに青春の一ページになっています。監督が意識されていたかどうかはわからないんですけど、アニメ、アニメしすぎていなかったのが、当時の僕にとっては新鮮だったんですよ。実写的というか、日常の中の構図の切り取り方が独特に感じられて。小説版も読ませていただいたんですけど、読んでからもう一度映画を見直すと、ワンカットワンカットが何を意図しているのかの解像度がより一層深まった気がします。

細田:ありがとうございます。

山元:たとえばヒロインの真琴が同級生の千昭のところに向かって走っていく横移動のシーンがありますよね。時間に追いつき、追い越したいという真琴の心情が小説版では書かれているんですけど、映画で観るとワンカットじゃないですか。カメラが一回真琴を通り越して、さらに真琴がもう一回抜き返す。小説を読むと、あのカメラの動きが時間なんだとわかる。その背景で商店街の風景が次々とスイッチしていくように切り替わって、最後に青空が現れる。その意味をもう一度噛み締められた感じがしたんです。

5

細田:あのシーンをさ、実写で撮るとしたら大変だよね。

山元:あれは大変です……! でも、何やろ、アニメだけど実写的な感覚はあるんですよ。カメラの存在を感じるようなワークでありながら、実写では絶対にできない表現にもなっていて。演出としては、画面の外からセリフが聞こえてくるシーンも多かったと思うんですけど、なかなかアニメでは見ない表現というか、カメラがあった上でその外側を意識させるような作りに引き込まれたんです。

細田:『この星』でも登場人物がカメラを見ている画があったよね? 綿引先生がリモート画面のWebカメラに向かって呼びかける。カメラの存在自体を映画の中で感じさせる、というのはそれと近いのかもしれません。

山元:だからきっと僕がものすごく影響を受けているんだと思います。中学・高校時代に観てきたものが今の自分を構成している何かになっていて、その中に『時かけ』も『サマーウォーズ』(09)『おおかみこどもの雨と雪』(12)もあるから、細田監督の作品が染み込んでいるんです。

あわせて読みたい